2009-01-01から1年間の記事一覧

『噂の娘』金井美恵子【10】

いやあ、よかったですよ、『噂の娘』。快楽に満ちた読書体験でした。 講談社文庫版では、巻末に著者インタビューが収録されていて、僕が読んでいて気になったことはほとんどここでフォローされています。映画的手法、語り手の問題、女の世界としての美容院、…

『噂の娘』金井美恵子【9】

読み終えました。ふう。なんて心地いい読書だったんでしょう。最後は一気に読んじゃったんですが、ラストシーンでは、読み終えちゃうのがもったいないような、ふうっと遠くを見つめるような気持ちになりました。 では、最後の100ページ分です。 それから、あ…

『噂の娘』金井美恵子【8】

さすがにここまで来たら、ストーリーを紹介してもほとんど意味がない小説だということがわかってきたので、もう、気になったところを飛び飛びに引用するんでいいかなという気がします。 では、いきましょう。 だから、箱根で従兄の運転するジープで自動車事…

『噂の娘』金井美恵子【7】

現在形で綴られる息の長い文章は、まるでカメラの移動撮影のようにゆるゆると戦後のある夏の日を映し出していくわけですが、そこにカギカッコなしの誰かのお喋りやら入り組んだ回想やら本で読んだお話やらが混じり合い、境界線が曖昧なまますべては少女の脳…

『噂の娘』金井美恵子【6】

つづけます。 夜、電話があって、マダムが、二人ともおかあちゃまの電話に出なさい、と言い、お店まで歩ける? と訊くので、歩けると答え、足もとがフワフワしてなんだか変な感じだったけれど、内玄関を出て、通路に面しているお店の従業員専用の出入口から…

『噂の娘』金井美恵子【5】

1/4ほど読み終えたところでしょうか。でも、未だ、主人公の少女は熱が下らず、布団の中に横になっているようです。この作品で、会話や記憶や物語の断片がごっちゃになって出てくるのは、少女が布団の中で朦朧としながらめぐらせる意識を描いているということ…

『噂の娘』金井美恵子【4】

お盆も過ぎ、今日はわりと涼しいんですが、『噂の娘』の中ではまだまだ夏。金井美恵子の息の長い文章を読んでいると、暑さにとろとろと溶けていくような気分になります。 では、つづき。 おそろしく暑い朝、あまりの暑さに腹を立てて不機嫌に眼がさめると、…

『噂の娘』金井美恵子【3】

ふと思い出したんですが、ユズキカズというマンガ家がいて、この人の描くマンガは、夏の暑さ、ちょっと前の日本、商店街、美容院、少女たちなどなど、『噂の娘』と共通のモチーフが出てきます。コマの隅々まで埋め尽くされた絵の密度も、金井美恵子の微細な…

『噂の娘』金井美恵子【2】

それにしても、ワンセンテンスが長いこの文章は、クセになりますね。文章のつながりを忘れさせるくらい豊かな細部に満ちているせいで、今、どこを読んでいるのか見失いそうになるんですが、それでもいいやと思わせちゃうような文章。引き込まれます。 では、…

『噂の娘』金井美恵子【1】

更新したりしなかったりで、非常にノロノロとしたペースでやっていますが、読みたい本は常にあったりします。そこで今回は、文庫を買っておきながら、ずっと手をつけてなかった日本の小説を読もうと思います。 『噂の娘』金井美恵子 です。 金井美恵子のエッ…

『悪戯の愉しみ』アルフォンス・アレー【4】

そんなに時間をかけて読むようなタイプの本じゃあなかったのに、更新に手間取ってしまいました。まあ、それはそれとして。 ここに収録されている作品を、訳者の山田稔さんは「コント」と呼んでいます。フランス語で「短編小説」という意味ですが、なるほど、…

『悪戯の愉しみ』アルフォンス・アレー【3】

また2カ月半も間が空いてしまいました。更新できなかった理由は何だかんだあるので、いろいろあったで済ませちゃいますが、その間に『悪戯の愉しみ』は、読み終えちゃいました。「読んでる途中で書いてみる」というわけにはいきませんでしたが、残りの作品…

『悪戯の愉しみ』アルフォンス・アレー【2】

今回読んだのは次の10編、「親切な恋人」「夏の愉しみ」「輝かしいアイデア」「宣伝狂時代」「新式発明」「小さな生命を大切に」「ひげ」「法律」「医者」「ウソのような話」。どれも短い作品ばかりで、平均6ページくらいかな。 「親切な恋人」 これは、福…

『悪戯の愉しみ』アルフォンス・アレー【1】

海外ものを読もうと思うと、どうしても英米文学が多くなるわけですが、ホントはいろんな国の作品を読みたいんですよ。で、このブログで読んだ作品のリストをざーっと眺めてみると、あ、フランスがない…。ということで、今回はフランス文学を読みます。パワー…

修正と御礼

夕べの更新で、うっかり同じ日記をダブって掲載しちゃいました。さっき慌てて直しましたが、読んじゃった人は奇異に思ったでしょうね。まあ見ようによっては実験的にも見えますが、何のことはない、単なる間違いです。 ちなみにダブってた日記は、正確には同…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【13】

この小説には、最後まで読んだところでもう一度読み返したくなる仕掛けが凝らされています。そこで、最初の章「なぞなぞ」を読み返すと、あれっ…? 最初は見落としていたあることに気づく。 というように、非常に複雑な構造を持った小説です。さらにややこし…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【12】

読み終えました。いやー、圧倒された。これまであちこちにちりばめられていたあれこれが、次々とつながり出してめくるめく展開に。頭がぐるぐるになりながらも、一気に読んじゃいました。これは小説じゃなけりゃ味わえない読後感。パワーズ、すごいです。 ま…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【11】

わ、きた。ついにきました。これまで別々に語られてきたウォルト・ディズニーとエディ・ホブソンの軌跡が、いよいよここで交錯します。 でもその前に、「ホブソン家パート」。 「14」の章。 さて、ホブソン氏の入院です。意味のない決まり文句を口にすること…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【10】

「ホブソン家パート」「年号パート」「回想パート」の3つのパートには、くり返し出てくるテーマがあって、それが「囚人のジレンマ」だったり、「おとぎ話と現実」だったりします。ただし、どこかで明確な結論に達するというわけじゃなくって、それぞれ変奏…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【9】

クリント・イーストウッドの最新作『チェンジリング』を観ていたら、見覚えのある地名が出てきました。ディカルブ。ホブソン家が暮らす町、有刺鉄線発祥の地です。だから何だというわけじゃないですが、「おっ」と思ったので。 では、「年号パート」からいき…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【8】

「回想パート」は、おそらく子供たちの一人だと思われる人物が、一人称で父のことを回想しています。その時点では父親はもう亡くなっているらしく、語り手は、思い出からもう父親の人生を組み立て直そうしているようです。そのせいか、どこかセンチメンタル…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【7】

この小説は、3つのパートに分かれているっぽいんですが、これからは、ナンバリングされた章を「ホブソン家パート」、ナンバーなしの一人称の章を「回想パート」と年号が章題になっている章を「年号パート」と呼ぶことにしましょう。 で、今回は、「年号パー…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【6】

「6」の章。 父親が病院に行くと宣言した日の夕食。しかし、ホブソン家の食卓では誰もそのことに触れないうちに、またしても父のクイズが始まります。その名も「酔っ払いと街灯」、別名「ランダムウォーク」。 「ひとりの酔っ払いを街灯に寄りかからせてみ…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【5】

この本の表紙には、両手を広げた男のシルエットが描かれているんですが、彼の頭にはまあるい耳が二つ付いている。この耳の形を見ると、たいていの人は「ああ、あの耳か」とピンとくると思います。 では、いきましょう。「一九四〇―四一年」の章です。 まずは…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【4】

前にもチラッと書きましたが、この作品は、「1」「2」「3」とナンバーが振られた章と、ふられていない章があります。ナンバーが振られた章は、病気の父を抱えたホブソン家の顛末が描かれていて、ナンバーなしの章は、さらに「一九三九年」というように年…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【3】

さて、謎の病気を抱えたホブソン家の父と、それを見守る子供たちの様子が描かれていくわけですが、徐々にこの子供たちの個性というか、キャラクターが見えてきました。「1」章では主にアーティがクローズアップされていましたが、今回読んだ「3」章では長…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【2】

「2」の章にいきます。 まず、冒頭でホブソン氏の子供たちの構成が明らかにされます。アーティ25歳、リリー24歳、レイチェル23歳、エドワード18歳、ってことでいいのかな。似ているようで似ていない、個性豊かな兄弟姉妹。彼らは、父の病気に対してそれぞれ…

『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ【1】

リチャード・パワーズ、好きなんですよ。と言っても、まだ2作しか読んだことないんですが。これまでに読んだ2冊『舞踏会へ向かう三人の農夫』と『ガラテイア2.2』は、小説を読む醍醐味をたっぷり味わわせてくれました。ただし、軽く読める小説じゃないこと…

『デス博士の島その他の物語』ジーン・ウルフ【6】

2カ月半ですか。いやあ、時間がかかりましたね。年末年始の慌ただしい時期にかかっちゃったせいもありますが、この小説自体がかなりの曲者だったってのも大きいですね。一度読んだだけじゃわからない。三読四読当たり前。で、読み返すとその度に発見がある…

『デス博士の島その他の物語』ジーン・ウルフ【5】

では、最後の短編にいきます。 「眼閃の奇跡」 まだ遠く離れているときから、リトル・ティブは列車が近づく音を聴き、足で感じていた。線路から鋼弦コンクリートの枕木に降りて、耳を澄ます。それから片方の耳をどこまでも伸びる鋼鉄にくっつけ、その歌が、…