2013-01-01から1年間の記事一覧

山尾悠子歌集『角砂糖の日』について

『夢の遠近法』に絡めて葛原妙子という歌人についてちょこっと触れましたが、彼女のことを「幻視の女王」と読んだのが歌人の塚本邦雄。幻視の女王とは、山尾悠子にも当てはまりそうな呼び名ですね。そして、山尾悠子による『夢の遠近法』自作解説には、塚本…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【5】

ここじゃないどこかへ。現実世界のほうが遥かな夢に思えるほどに、耽溺してしまいました。とにかく圧倒的な幻視力。漏斗型の街、月の門、腸詰宇宙、支那、高原都市、月の年齢に支配される土地…。言葉によって構築された見知らぬ世界を、存分に堪能しました。…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【4】

「夢の棲む街」の天使の描写について、「葛原妙子の短歌にそんな天使が出てきたような」と書きましたが、僕がぼんやり連想した短歌を見つけました。こんな歌です。「天使まざと鳥の羽搏きするなればふと腋臭のごときは漂ふ」。獣じみた天使というところが、…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【3】

前回の「遠近法」について、ちょっと触れておきたいことが出てきちゃったので追記的に書いておきます。 円筒型の宇宙の構造は、この作品の構造とリンクしてると思ったんですよ。断章を重ねるというスタイルは、幾層にも回廊が連なっている《腸詰宇宙》だよね…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【2】

ああ、美しい。そうとしか言いようがない作品ばかり書いているんですよ、山尾悠子は。今回読んだ2編も、非常に濃密で圧倒されっぱなし。さて、どう語ったらいいものやら…。 「ムーンゲート」 この作品集のなかでは一番長くて、短編というよりは中編くらいの…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【1】

秋ですね。秋にふさわしい作品を読みたいな。幻想の世界にすっぽり浸れるような、ここじゃないどこかへ連れて行ってくれるような…。ということで、これにします。 『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子 です。 山尾悠子、大好き。初めて読んだのは学…

『シガレット』ハリー・マシューズ【5】

知的快楽というのも読書の楽しみの一つ。「精緻なパズルのごとき構成と仕掛け」と帯にありましたが、それが存分に味わえる作品でした。こうした構成を、作者はある種のアルゴリズムを用いて組み立てたと語っているそうです。どういうアルゴリズムかは見当が…

『シガレット』ハリー・マシューズ【4】

読み終えました。途中はちんたら読んでたのに、後半は一気にスパート。なぜエリザベスの肖像画が売られることになったのか、なぜプリシラはモリスの生命保険の受取人になったのか、ハイヒールとは何者なのか、ルイスとプリシラの間に何があったのか、などな…

『シガレット』ハリー・マシューズ【3】

間が空いちゃいましたが、一気に4章分いきます。だんだんパズルのピースが埋まってきましたよ。 「アランとオーウェン 一九六三年六月―七月」 6〜7月ってことは、フィービが入院している間の出来事ですね。この章で登場するのは、フィービの父オーウェン…

『シガレット』ハリー・マシューズ【2】

輪舞形式というか、ダンスのパートナーを変えるように、アラン&エリザベス→オリバー&エリザベス→オリバー&ポーリーン、という具合にカップルが順繰りに描かれてきたわけですが、今回読んだ章は新たな二人組が登場。これまでの流れからまた恋愛関係のもつ…

『シガレット』ハリー・マシューズ【1】

休むときはシラッと休み再開するときは何事もなかったように更新する、そんなブログでありたい。 ということで、久しぶりに更新します。今回は、この間の『空気の名前』同様、白水社の「エクス・リブリス」から先日刊行されたこれ。 『シガレット』ハリー・…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【6】

捉えどころのないものはピンポイントでつまみ上げることができません。だから、周りの空気ごとふわっと捕まえ、指の隙間から覗いたらまたふわっと放さなければならない。この作品はそんな風にして書かれています。核心になかなかたどり着くことなく、螺旋の…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【5】

残り約40ページ。読み終えちゃいました。「1 空気の手のなかで」のパートが80ページあって、第2部にあたるこの「2 名前」が40ページ。不思議なバランスですが、これまで螺旋を描いていた線が、中心にたどり着いたあとふわーっとばらけていく、というよう…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【4】

つづきいきます。 「VIII にせものの夕焼け」の章。 月に一度、真昼に、赤紫色の薄いもやがモガドールの大気を満たした。屋上から見ると、白い壁が不思議な赤い輝きを放っているようだった。町の人々は皆、「にせものの夕焼け」と呼んでいた。十五分以上つづ…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【3】

うわー、すごいすごい。これは読ませるなあという章に突入しました。これまでで一番長い章ですが、僕の好みドンピシャリです。もう、舌なめずりしながらたっぷり引用したい。なので、今回はこの章だけでいきます。 「VII 水の中の月」。 まず、この章の冒頭。…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【2】

前回、表紙が地味だと書きましたが、考えてみれば『空気の名前』というタイトルも地味ですね。もやーっとしてるというか。でも読んでみると、この「もやーっ感」が作品の魅力になっている。 ではいきます。 短い章が続くので、「III 静かな嵐」「IV 燃える思…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【1】

白水社から刊行されている「エクス・リブリス」は、未知の作家の海外小説を次々と訳してくれるという魅力的なシリーズ。ということで、今回は、つい先日その「エクス・リブリス」から出た小説を読みます。 『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス です…

『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【5】

いやあ、愛おしいアンソロジーでした。カバーの紙の手触りも心地よく、上品な装丁も非常に魅力的。収録作品はどれも素晴らしく、柴田さんの目利きっぷりがよくわかります。何度も取り出しては眺めたくなるオブジェのような短編ばかり。 これは、箱ですね。子…

『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【4】

この本を読もうと思ったそもそものきっかけはアレクサンダル・ヘモンだったわけですが、終盤にきてついにヘモンが登場。カモン、ヘモン。 さあ、いきます。 「島」アレクサンダル・ヘモン ヴィヴァンテの「灯台」同様、これまた少年の一人称で語られる「子供…

『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【3】

「少女少年小説」と銘打っているわけですから、少女が出てくる話もないとね。ということで、少女を主人公にした作品が二編続きます。 では、いきます。 「修道者」マリリン・マクラクフリン 主人公は、第二次性徴を迎えようとしている女の子。彼女は、自らの…

『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【2】

柴田セレクションだからといって、英米文学だけから選ばれているわけじゃないんですね。ロシアのナンセンスな作家が登場します。そして、そのあとに続くミルハウザーもかなりトリッキー。 では、つづきを。 「トルボチュキン教授」ダニイル・ハルムス ハルム…

『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【1】

『ノーホエア・マン』がすごくよかったのでアレクサンダル・ヘモンの他の作品も読みたいなと探してみたら、アンソロジーに一編収録されているとか。ということで、そのアンソロジーを入手。まだ、ヘモン作品にはたどり着いてませんが、これ、すごくいいんじ…

『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ【4】

まず、タイトルですね。『バカカイ』って、巻末の「訳者メモ」によれば、作者が暮らしていたブエノスアイレスの街路の名前だとか。要するにあまり意味のないタイトルなわけですが、それでも僕は「馬鹿かい?」と読んでみたくなる。なんせ、どの短編を読んで…

『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ【3】

読み終えました。では、後半の3編を。 「裏口階段で」 外務省に勤めながらエレガントな女性には興味を持たず、もっぱらがさつな女中や下女に魅かれる男が主人公。美人に対して「きれいなブロンドだなあ」と見とれるような調子で、女中の手を「マストドンの…

『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ【2】

ゴンブローヴィチの作品を読んでいると、筒井康隆やらモンティ・パイソンなど、ブラックユーモアの名手の名前が次々と連想されます。しかも、この短編集に収録されている作品は、1928〜38年に書かれたものだとか。やるなあ、ゴンブロ。 では、続きです。 「…

『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ【1】

『エコー・メイカー』が、ガッツリした長編だったので、今回は短編集を読みます。こちら。 『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ です。 以前読んだ『フェルディドゥルケ』のヴィトルド・ゴンブローヴィッチです。表記が「ゴン…

『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ【おまけ】

リチャード・パワーズ『エコー・メイカー』、思いのほかじわじわとくる作品で、読み終えてから何日も経ってるんですが未だにいろいろ考えちゃったりします。それを前回はとりあえずえいやっとまとめてみたんですが、様々な要素が複雑に絡み合った作品なので…

『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ

読んでる途中で書こうと思ってたんですが、思いのほかぐいぐい読んじゃったので、今回は「読み終えたので書いておく」です。その本とは、去年翻訳が出たこれ。 『エコー・メイカー』リチャード・パワーズ です。 リチャード・パワーズ最新作。全米図書賞受賞…