『昨日のように遠い日 少女少年小説選』柴田元幸 編【5】


いやあ、愛おしいアンソロジーでした。カバーの紙の手触りも心地よく、上品な装丁も非常に魅力的。収録作品はどれも素晴らしく、柴田さんの目利きっぷりがよくわかります。何度も取り出しては眺めたくなるオブジェのような短編ばかり。
これは、箱ですね。子供がオブジェを大切にしまっている宝箱としてのアンソロジー。覗くと海が見える青いビー玉、異国のマッチや絵はがき、つけ髭やでたらめな落書きやコイン、アニメーションのフィルムの切れ端、浜辺で拾った石、誰にも見せない日記とそこに挟まれた一筋の髪の毛、島の地図とスナップ写真、ナラの木でできた不思議な小箱。あと、新聞マンガの切り抜きも入ってるね。箱の中にある箱は、チャイニーズボックスのように、僕をさらにミニチュアの世界へと誘います。
それは、昨日が遠い日と感じられるような、そんな不思議な感覚です。そう、この本で一番魅力的なのはタイトルかもしれません。昨日のように遠い日。子供から大人に変わってしまう瞬間、昨日はとてつもなく遠くなってしまう。時間は巻き戻せず、昨日はもはや手の届かないほど遠くへ行ってしまう。
ここに収録されている作品のほとんどが、「すでに起きてしまったこと」を回想形式で書いているのは、偶然ではないでしょう。子供時代はそうやって、「昨日のように遠い日」を振り返ることでしか書くことしかできないんじゃないかと思えてきます。戻れないからこそ書く。
両親と気持ちが通じず自分の世界に閉じこもってしまったこともあります。おばあさんや伯父さんや灯台守と過ごした夏の日があります。子供同士でふざけ合ったり、子供同士の権力関係に絡めとられたり、ループする追いかけっこに興じたり。どうしてあんなに幸せだったんだろう? どうしてあんなに苦しかったんだろう? どうしてあんなにいろんなものを見ることができたんだろう?
もうすっかり大人になり子供時代を遥か遠くへ置いてきてしまった僕ですが、このオブジェを眺めたり撫で回したりしていると、その遠い日が昨日のように思い出されてきます。いや、ひょっとしたら体験したことがないことまで思い出しているかもしれません。何しろそれは、遠い遠い日々のことなんですから。
では、お気に入りのベスト5を。
1「猫と鼠」スティーヴン・ミルハウザー
2「パン」レベッカ・ブラウン
3「島」アレクサンダル・ヘモン
4「ホルボーン亭」アルトゥーロ・ヴィヴァンテ
5「大洋」バリー・ユアグロー
うーん、甲乙つけがたいなあ。1位から5位の順位をひっくり返しても成立しそう。そのくらいどれも面白かったということです。


ということで、『昨日のように遠い日』はこれでおしまい。リトル・ニモにもさようなら。