『魔法の夜』スティーヴン・ミルハウザー【3】

『魔法の夜』は、スティーヴン・ミルハウザー作品の中では割とあっさりしているほうだと思います。幻想味もそれほど濃くないし、「魔法の夜」と言いながらこの作品で「魔法」と呼べる出来事が占める割合は1/5程度。断章形式なので、物語的な盛り上がりもほと…

『魔法の夜』スティーヴン・ミルハウザー【2】

中編なんでそれほど時間はかからないだろうと思っていましたが、スティーヴン・ミルハウザー『魔法の夜』、読み終えちゃいました。まあ、たった一夜の話ですからね。一夜で読もうと思えば読めちゃうくらいのボリューム感。すーっと通り過ぎちゃえばそれでお…

『魔法の夜』スティーヴン・ミルハウザー【1】

もうピンチョンは読まないの? いやそういうわけじゃと言葉を濁してるうちに1年以上過ぎちゃった。今さら言うなって感じだけど、ピンチョンは二度目の中断。そして、それとは別にふと思い出したように更新します。 今回読むのは、これ。 『魔法の夜』スティ…

『メイスン&ディクスン』トマス・ピンチョン【8】

第一部を読み終えたところで震災がありなんか続きを読む気がしなくなっちゃった、というところで止まっていた『メイスン&ディクスン』ですが、映画『インヒアレント・ヴァイス』公開に合わせてピンチョンの原作『LAヴァイス』を読んだら思いのほか楽しく、…

『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン【5】

時間をかけて少しずつ読んでいったんですが、とても味わい深い短編集でした。連作って言ってもいいのかな。どうやら同一人物に見える語り手の人生が、ほぼ時系列に沿って一人称で語られていきます。構成が見事で、順番に読んでいくとどの作品も少しずつタッ…

『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン【4】

さあさあ、終盤の2編です。少年時代を描いた「アメリカン・コマンドー」と、作家になってからの出来事を描いた「苦しみの高貴な真実」、どちらもよかった。 では、いきましょう。 「アメリカン・コマンドー」 まずもって冒頭が素晴らしい。引用します。 小…

『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン【3】

間が空いちゃったけど、読んでますよ。 この作品集、最初の2編はわりと普通の青春小説みたいな感じだったんですが、今回の2編はさりげない仕掛けが凝らされていて、一筋縄ではいかない作品でした。 では、いきましょう。 「シムーラの部屋」 まずは冒頭か…

『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン【2】

ちまちまと読んでます。今回も2編。前回の「すべて」の最後に、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の始まりが告げられていましたが、いよいよ、紛争が作品に影を落とし始めます。 では、いきましょう。 「指揮者」 語り手の「僕」は20代になってます。もちろん、…

『愛と障害』アレクサンダル・ヘモン【1】

年が明けて何日も経たない頃、翻訳家・岩本正恵さんの訃報を知りました。僕は岩本さんの訳した本をそれほど多く読んでいるわけではありませんが、このブログで紹介したアレクサンダル・ヘモンの『ノーホエア・マン』はとても印象深いものでした。ヘモンは母…

『増補 夢の遠近法 初期作品選』山尾悠子【2】

増補版の続きです。「遠近法・補遺」は、山尾悠子作品の中でもべらぼうに好きな「遠近法」の続編。というか、ページ数の都合で入りきらなかったエピソードをまとめたもの。当然、面白いに決まってるわけで。 《腸詰宇宙》において、垂直の空洞を囲む回廊群は…

『増補 夢の遠近法 初期作品選』山尾悠子【1】

もう2015年ですか。去年は忙しくてあんまり書けなかったなあ。毎年思うんですが、今年はいっぱい読んでいっぱい書きたいなと。 ということで、今回は助走のつもりで、これ。 『増補 夢の遠近法 初期作品選』山尾悠子 です。 1年と少し前、憑かれたように読…

『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ【4】

小学生くらいの頃かな、「子供会」のキャンプ的なものに何度か参加したことがあります。親と離れて、数名の引率の大人と十数人の子供たちが一週間程度キャンプをする。親が勝手に予約してくるんですが、人見知りな子供だった僕はこれがイヤだったんですよ。…

『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ【3】

読み終えてしまいました。第43章以降、急激にミステリー的な展開を見せはじめ、その興味に引っ張られてぐいぐいぐいと。とは言うものの、謎が解決してめでたしめでたしというわけではなく、人生って何だろうというような深い余韻が残ります。 でもその前に、…

『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ【2】

前回までのあらすじ、のかわりに前回ささっと通り過ぎちゃった第20章から引用しておきます。客船に乗り込んだ少年たちの日々は、こんな具合だったと。 この船で繰り広げられる日常を把握したいなら、もっとも間違いのない方法は、時間の流れに従って行き来す…

『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ【1】

半分まで読んだあたりで忙しくて進まなくなっちゃってたんですが、これじゃああかんと思い、読んでる途中で書いてみることにしました。 今回は、装丁がきれいで思わず手に取ってしまったこれ。 『名もなき人たちのテーブル』マイケル・オンダーチェ です。 …

『もうひとつの街』ミハル・アイヴァス

読み始めたのは去年の春頃。読んでる途中で書こうかなあと思ってたんですが、次々と繰り出されるあまりにシュールで濃密なイメージに、頭がついていけずしばらく放置しちゃってたんですよ。ところが先日、えらく寒い日に読み返してみたら、舞台となる雪のプ…

山尾悠子歌集『角砂糖の日』について

『夢の遠近法』に絡めて葛原妙子という歌人についてちょこっと触れましたが、彼女のことを「幻視の女王」と読んだのが歌人の塚本邦雄。幻視の女王とは、山尾悠子にも当てはまりそうな呼び名ですね。そして、山尾悠子による『夢の遠近法』自作解説には、塚本…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【5】

ここじゃないどこかへ。現実世界のほうが遥かな夢に思えるほどに、耽溺してしまいました。とにかく圧倒的な幻視力。漏斗型の街、月の門、腸詰宇宙、支那、高原都市、月の年齢に支配される土地…。言葉によって構築された見知らぬ世界を、存分に堪能しました。…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【4】

「夢の棲む街」の天使の描写について、「葛原妙子の短歌にそんな天使が出てきたような」と書きましたが、僕がぼんやり連想した短歌を見つけました。こんな歌です。「天使まざと鳥の羽搏きするなればふと腋臭のごときは漂ふ」。獣じみた天使というところが、…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【3】

前回の「遠近法」について、ちょっと触れておきたいことが出てきちゃったので追記的に書いておきます。 円筒型の宇宙の構造は、この作品の構造とリンクしてると思ったんですよ。断章を重ねるというスタイルは、幾層にも回廊が連なっている《腸詰宇宙》だよね…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【2】

ああ、美しい。そうとしか言いようがない作品ばかり書いているんですよ、山尾悠子は。今回読んだ2編も、非常に濃密で圧倒されっぱなし。さて、どう語ったらいいものやら…。 「ムーンゲート」 この作品集のなかでは一番長くて、短編というよりは中編くらいの…

『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【1】

秋ですね。秋にふさわしい作品を読みたいな。幻想の世界にすっぽり浸れるような、ここじゃないどこかへ連れて行ってくれるような…。ということで、これにします。 『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子 です。 山尾悠子、大好き。初めて読んだのは学…

『シガレット』ハリー・マシューズ【5】

知的快楽というのも読書の楽しみの一つ。「精緻なパズルのごとき構成と仕掛け」と帯にありましたが、それが存分に味わえる作品でした。こうした構成を、作者はある種のアルゴリズムを用いて組み立てたと語っているそうです。どういうアルゴリズムかは見当が…

『シガレット』ハリー・マシューズ【4】

読み終えました。途中はちんたら読んでたのに、後半は一気にスパート。なぜエリザベスの肖像画が売られることになったのか、なぜプリシラはモリスの生命保険の受取人になったのか、ハイヒールとは何者なのか、ルイスとプリシラの間に何があったのか、などな…

『シガレット』ハリー・マシューズ【3】

間が空いちゃいましたが、一気に4章分いきます。だんだんパズルのピースが埋まってきましたよ。 「アランとオーウェン 一九六三年六月―七月」 6〜7月ってことは、フィービが入院している間の出来事ですね。この章で登場するのは、フィービの父オーウェン…

『シガレット』ハリー・マシューズ【2】

輪舞形式というか、ダンスのパートナーを変えるように、アラン&エリザベス→オリバー&エリザベス→オリバー&ポーリーン、という具合にカップルが順繰りに描かれてきたわけですが、今回読んだ章は新たな二人組が登場。これまでの流れからまた恋愛関係のもつ…

『シガレット』ハリー・マシューズ【1】

休むときはシラッと休み再開するときは何事もなかったように更新する、そんなブログでありたい。 ということで、久しぶりに更新します。今回は、この間の『空気の名前』同様、白水社の「エクス・リブリス」から先日刊行されたこれ。 『シガレット』ハリー・…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【6】

捉えどころのないものはピンポイントでつまみ上げることができません。だから、周りの空気ごとふわっと捕まえ、指の隙間から覗いたらまたふわっと放さなければならない。この作品はそんな風にして書かれています。核心になかなかたどり着くことなく、螺旋の…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【5】

残り約40ページ。読み終えちゃいました。「1 空気の手のなかで」のパートが80ページあって、第2部にあたるこの「2 名前」が40ページ。不思議なバランスですが、これまで螺旋を描いていた線が、中心にたどり着いたあとふわーっとばらけていく、というよう…

『空気の名前』アルベルト・ルイ=サンチェス【4】

つづきいきます。 「VIII にせものの夕焼け」の章。 月に一度、真昼に、赤紫色の薄いもやがモガドールの大気を満たした。屋上から見ると、白い壁が不思議な赤い輝きを放っているようだった。町の人々は皆、「にせものの夕焼け」と呼んでいた。十五分以上つづ…