『シガレット』ハリー・マシューズ【2】


輪舞形式というか、ダンスのパートナーを変えるように、アラン&エリザベス→オリバー&エリザベス→オリバー&ポーリーン、という具合にカップルが順繰りに描かれてきたわけですが、今回読んだ章は新たな二人組が登場。これまでの流れからまた恋愛関係のもつれが描かれるのかと思いきや、今回のパートナーは親子です。


オーウェンとフィービ I 一九六一年夏―一九六三年夏」
最初の章「アランとエリザベス」と同じ1963年に、時代は飛びます。オーウェンは、21歳になったばかりの娘の口座に多額の金を移したところ。ということで、そこに至る経緯が描かれるのですが…。
2年前ってことになるのかな、お前の自由にしなさいと言いながら何かと干渉してくる父親にうんざりしたフィービは、家を出ます。そして、画家志望の彼女はウォルターと出会い彼を師として、モデル業をしながら一人暮らしを始める。ウォルターは、若き日のエリザベスの肖像画を描いた画家ですが、この頃はもうそれなりに名の通った芸術家になっているようです。そして、自分の元へ父親を招待する。

フィービが越してきてから二か月が経った四月半ば、小雨の降る、ある暖かい朝、オーウェンが訪ねてきた。オーウェンは娘から、ウォルターの家に来るように言われていた。扉には鍵を掛けることがないので、勝手に玄関を入っていいから、と。彼は言われた通りにした。ただ、不案内なロワーイーストサイドへ来るのに思ったほど時間がかからなかったので予定より少し早く到着したのだった。最初に彼の目に入ったのはフィービではなかった。広い部屋の反対側でウォルター・トレイルがヌードモデルをスケッチしていた。モデルの姿が否応なくオーウェンの目を引いた。モデルはじっとしていなかった。彼女はまるで滑らかなダンスを踊るように、画家の目の前でゆっくりと回っていた。床に寝そべったり、しゃがんだり、ひざまずいたりと次々にスローモーションで体勢を変えるその姿はオーウェンの目に、非人格的かつ催眠的に映った。女性は若かった。肌は輝き、乳首は均一なピンク色をしていた。滑るように動く太ももの間からピンクの陰唇が覗いたとき、顔にかかっていた長髪が動き、隠れていたフィービの顔が見えた。
はめられた、とオーウェンは思った。

うわ、気まずい。裸の我が子と再会するなんて、かなり対処に困る展開です。「はめられた」ってのは言い過ぎだと思いますが、フィービは自分が父親からいかに自由かを見せつけようとしているのでしょう。あと、自分を理解して欲しいって気持ちもあるのかも。なんせ全裸ですからね。でも皮肉なことに、オーウェンはヌードモデルという認識はあっても、それがフィービだということになかなか気づきません。
このあとも、フィービはオーウェンをあちこちに連れ回します。アトリエ、ダンスクラブ、競馬場。ああ、またしても競馬です。

その集団はオーウェンとフィービのために愛想よく椅子を詰めて場所を空け、キャピタル・ゲインという馬(「父馬はベンチャー・キャピタル、母馬はノー・リスク。ここにいるのはマキューアン家の馬を世話している人たちよ」とフィービが説明した)をめぐる熱の入った議論を続けた。

クラブハウスに戻る途中でフィービが言った。「私は出走馬を確認してくる。パドックで落ち合いましょう」。戻ってきた彼女は言った。「第六レース、マイ・ポートレート
「マイ・ポートレート」って馬の名前かい?」
「父馬はスピッティング・イメージ、母馬はマイ・ビジネス」

「キャピタル・ゲイン」は、おそらく「アランとエリザベス」の章で言及されていた馬でしょう。父馬・母馬の名前はまるでジョークですね。ノー・リスクって…。「マイ・ポートレート」という名前も意味深ですね。この作品のあちこちに顔を出すエリザベスの肖像画を、どうしたって連想してしまいます。それにしても、いちいち親馬の名前を挙げるというのはちょっと面白い。競馬で血統が大事だというのはわかりますが、そこにフィービの親子関係への執拗なこだわりを感じます。
フィービは父親に反発しながらも、どうにか仲良くやりたいと思っている。オーウェンも娘を気にかけている。でも、彼には娘の行動が根本的なところで理解できません。彼女が楽しいと思う自由な毎日は、彼から見れば享楽的で自堕落に映る。そんなオーウェンがたどり着いた結論がこれです。

彼女は彼に一種の教訓を与えていた。ああいう新しい人々は彼とは住む世界が違う。フィービは彼のとは異なる、彼女が属する世界の活動や人間関係に彼を誘い込み、楽しませた。彼女が伝えたかったのは、「もしも私の生活がそんなに楽しいなら、パパの人生にはどれほどの価値があるのか」ということだ。前年、彼は娘の行動に反対した。これがその復讐だ。彼女はあのとき誰が正しかったのか、今でも正しいのは誰かを見せつけているのだ。

「これがその復讐だ」とはずいぶんですね。このお父さん、ことあるごとに「してやられた」「はめられた」「裏切られた」「娘は私を罠に掛けた」と思うんですよ。僕はそこが引っかかる。何と言うか、まるでビジネス上の競争相手のようです。ひょっとしたら、オーウェンはそういう発想でしか他者と関係を結べないのかもしれません。フィービに「復讐」の意図があったかどうかはわかりませんが、そりゃあ娘もうんざりするよ。
二人の気持ちはすれ違い続けます。それどころか、どんどん溝が深くなっていく。フィービはやがて病気になってしまいます。そして、そんな彼女のためにオーウェンはエリザベスの肖像画を手に入れる。これ、アランの妻のモードが購入したものだったはず。それが何でオーウェンの元にあるのか? まあ、その辺はおいおいわかってくるでしょう。
この章のおしまいでオーウェンは、このエリザベスの肖像にあることを行います。ネットにアルバイト店員がバカげた武勇伝を晒すレベルの、非常に子供じみた愚かな行動。これは、なかなか面白かった。フィービが裸でオーウェンを迎えるシーンもそうですが、ハリー・マシューズはこういう微妙な行為を描くの上手いですね。オーウェンはそれが子供じみたことだとわかっているはずです。でも、やっちゃうんだな。人はわかっていても「しでかす」ものなんですよ。


オーウェンとフィービ II 一九六二年―一九六三年」
前章と同時期の出来事が、今度はフィービの視点から語り直されます。オーウェンは彼女の様子を、自堕落な生活からくる情緒不安定くらいにしか思っていませんが、フィービ側に立ってみると事態はかなり深刻だということがわかる。実は彼女は潜行性の病気を抱えており、それが心と体を蝕んでいたんですよ。例えば、母親と電話で交わすこんな会話とかちょっと恐ろしい。

「ねえ、ママ、どうしてパパには分からないのかしら。調子が悪いときの私を理解しないのは分かるけど、良いときも理解してくれない。いつでも自然の働きによって私の心は左右されるのよね。私は自然が自分の心に作用するのを感じる――」
「誰でも調子の良い悪いはあるのだから――」
「違う。大きなコーラスの中で、どうして私がささやかな声を上げられないのかという問題なの。私だったら携帯温度計という身分でも文句を言わないのに」
「温度計?」
「太陽が地球の中心に入っていったときは(実は今でもそこにあるんだけど)誰もがそれを感じることができた――大統領仲介人でさえ」
「誰ですって?」
「惑星というのは天文学者たちが何と言おうと、本当は一つしかないのよ、ママ。私がそれを何と名付けたか、知ってる?」
「いいえ」
「神聖なる愛のリンゴ! 『神聖』というのは、支離滅裂に見えるベクトルを一つにする力を指す言葉。私たちはそういうものを通じて聖霊ホーリースピリット)を垣間見る。穴の霊(ホールスピリット)、分かる? 温度計を差し込む穴。上段よ、ママ」
「え――ふうん」
「とにかく、みんな一緒なの。それでいてそれが私でもある」

携帯温度計、大統領仲介人、神聖なる愛のリンゴ。ああ、何を言ってるのかさっぱりわかりません。でも、もがいているようなヒリヒリとしたものは伝わってきます。母親はさすがに、フィービが普通の状態じゃないことに気づきます。でも彼女は息子のことで手一杯。娘の面倒はオーウェンに任せっきりにしてしまいます。オーウェンは、無理解により彼女の病気の発見を遅らせてしまいます。
ここでちょっと登場人物の確認を。フィービの母親の名前はルイーザ。聞き覚えがあるなあと、前のページをめくってみると見つけました。若き日のオリバーとエリザベスを引き合わせた友人の名前が、ルイーザでした。ちなみに、ルイーザが面倒を見なければならない息子、フィービの兄の名前はルイスです。このあたり、相関図を描きながら読んだほうがスッと入ってくるかもしれませんね。
というもの、この作品では、たいした説明もなしにあっさりと新たな人物が登場するんですよ。それが、後々何者かがわかるという仕掛け。例えば、この章でも「フィービがウォルターに会う回数は減った。プリシラが彼の生活に入ってきて、身の回りの世話をするようになり、彼の時間を取った」とか、「兄のルイスとその友人のモリスが週末に彼女を、ハドソン川上流にある貯水場と緩やかに起伏した果樹園に連れ出した」、という具合に見覚えのない人名が出てきます。プリシラ? モリス? こういう名前は、一応チェックしておいたほうがいいでしょう。
さて、このあともフィービの病状は悪化していきます。幻聴や幻覚まで現れる。ちょっと優しい言葉をかけてきた男とベッドを共にしてしまったり、もう見るからに不安定。

時々彼女は、以前楽しい思いをした場所や友人のもとを訪れることがあった。彼女の激しやすい気性のため、そうした外出から期待していたような癒し効果は得られなかった。二月の晩、シーダー・バーで、ある作家がカウンターにいた仲間に実話らしき話をし、彼女を除く全員がそれを聞いて面白がった。

この作家が語ったのは下ネタジョークなんですが、それのどこが面白いのか彼女には理解できない。ようやく話の意味がわかったところで、ひどい話としか思えない。ぶっ飛んだ幻覚もしんどいけど、鬱状態にある彼女にとってはこういう疎外感も地味にダメージがあるんだろうな。痛ましい話ですが。
そしてついにフィービは入院。その後、退院して実家で療養することになります。彼女の口座に、オーウェンが大金を移したのはその頃です。でも、この頃にはフィービは父親への強迫的な怒りを募らせるばかり。きっと彼女には、オーウェンがこう言っているように思えるんでしょう。お前の自由にしなさい、ただし私が許可する範囲で。そしてさらに、オーウェンはどこからかエリザベスの肖像画を手に入れてくる。以下は、オーウェンとフィービの会話です。

「絵はもちろんラドラム家から買ったのだ」と彼は言った。
「モードが絵を買ってからたった一か月で手放したってこと?」
「そうさ。何か問題でも?」
「あの絵をどうするつもり?」
「本当のことを知りたいか。実はおまえのために買ったんだ」
フィービはそれが嘘だと気付いた。ぎりぎりまで問い詰めてやろう。「じゃあどうして私にくれないの?」
「いつでも持ってくるよ」
「私のものなの、違うの?」
オーウェンはためらった。彼は実はこれまで、転売しようと思っていたからだ。「渡したらおまえは喜ぶのかい?」
「パパのしてくれることでは私は喜ばない。私はパパがあの絵を持っていることに耐えられないだけ」
「おまえのものだ」
「それを証明する書類が欲しい」
「そんなもの、必要ないよ、ダーリン」
「いいえ、必要だわ、ダーリン。絵が間違いなくパパの持ち物でないことを知っておきたい」
「私がおまえに約束すると言ったら――」
「駄目駄目。所有権を証明する法的な書類が欲しい。さもないと、パパがニューロンドンの埠頭でやった詐欺を世間にばらす。覚えてる? 一つの事故で二つの保険会社からお金をだまし取った話」
オーウェンは笑った。「フィービ、やめなさい。あれは大昔の話だ。もう誰も相手にしない。あの話なら、見ず知らずの人間にだって話している――おまえもその場にいたじゃないか」
「ルイーザは知らない」

険悪も険悪。その場しのぎでいい加減なことを言うオーウェンもどうかと思いますが、じりじりと父親に詰め寄るフィービが恐ろしい。父親の「ダーリン」という呼びかけの薄っぺらさを示すために、わざと自分も「ダーリン」と呼びかける嫌味っぷり。まるで、相手に出し抜かれまいとするビジネスマンのようです。ここで話されているのは「契約」ですからね。これなら、罵倒されたほうがまだましです。まったく、どうしてこの親子はこんなことになってしまったんでしょう?
それにしても、エリザベスの肖像画です。何でみんなこの絵を欲しがるんでしょうか? 前章でオーウェンは、この絵を前にしてこんなことを言っていました。「エリザベスは苦労の多い人生を歩んだらしい」。これも、あとで詳しく語るよフラグでしょう。なぜ彼女は町を離れていたのか? そしてなぜ戻ってきたのか? そのあたりにも秘密がありそうです。
そして、フィービは手術のために再度入院。病室に掲げられたエリザベスの肖像画は、こんな風に描写されています。

彼女が入院する前は、エリザベスの肖像画を見ると心が慰められたとは言わないが、愉快な気分になったものだった。しかし病院ではまったくそんなことがなかった。フィービはいつも病室を暗くしていた。ブラインドを下ろした窓から入る貧弱な陽光や夜間照明の光の中で絵はぼやけ、ゆがんで見えた。うつろな黄色い目が頭の上を漂い、組んだ手がただのずんぐりした塊へと縮み、爪には銀色の笑みが浮かんでいるように見えた。炎のような赤毛が痙攣しながら泥のようにキャンバスを流れた。

ぼやけ、ゆがみ、流れ出す絵。あんなにみんなが欲しがっていた絵がだいなしです。そしてこのあと、フィービは悪夢に落ちていきます。


ということで、今日はここ(P142)まで。うーん、登場人物の誰のことも好きになれないタイプの小説ですね。ハリー・マシューズ、けっこう意地悪です。