『バカカイ――ゴンブローヴィチ短篇集』ヴィトルド・ゴンブローヴィチ【3】


読み終えました。では、後半の3編を。


「裏口階段で」
外務省に勤めながらエレガントな女性には興味を持たず、もっぱらがさつな女中や下女に魅かれる男が主人公。美人に対して「きれいなブロンドだなあ」と見とれるような調子で、女中の手を「マストドンの手」って呼んだりするんですよ。もちろんそういう趣味があってもいいとは思いますが、女中であれば誰でもいいというニュアンスがそこここに感じられるあたりに、この男の身勝手さが匂ってきます。美女だろうがそうじゃなかろうが、もうちょっと一個の人格として扱うべきじゃないかと。
彼はお気に入りの女中を見つけたら、そのあとをつけ彼女たちの働く家の裏階段で声をかけたちをナンパするというのが日課になっています。まあ、いきなり「お付き合いしませんか」って言うんだから、当然相手になんかしてもらえません。それどころか、「すけべ男!」と怒鳴られる始末。

「女と見れば手を出す!」「ぶんなぐっちゃえ!」とこうくるのだから、そこらのマニキュア師やコーラスガールを相手にするのとは勝手が違う、ここでは万事が巨大で野性的で恥ずかしげで恐ろしい、いわば〈お勝手口ジャングル〉なのだ。

「お勝手口ジャングル」って! そんな大層な話じゃないでしょ。単に主人公のアプローチが的外れなだけだと思いますよ。それに、「女と見れば手を出す!」って言うのもまったくその通り。くり返しになりますが、女中・下女・おさんどんであれば誰でもいいんですからね。
しかも、そんな彼の趣味が省内で噂になると、慌ててそれを打ち消すために美しい女性と結婚します。でも、そんな結婚が上手くいくんでしょうか? いくわけないよねと思いますが、ちょっと思わぬ方向に話は転がり妻と女中のキャットファイトへと発展。主人公はそれをぼんやり眺めるばかり。何やってるんでしょうか、この男は?


「ねずみ」
豪放磊落な無宿者の強盗フリガンVS堅物の元判事スコラプコフスキ、という寓話めいたお話。フリガンは、せせこましいことが大嫌いで常にでかい声を張り上げ、ジャマする者はぶち殺すという暴れ者。スコラプコフスキは、その乱暴狼藉っぷりが許せず、策略をめぐらせ自らの手でフリガンをひっ捕えます。
でも、この元判事、ホントに正義感から行動しているのかというと、ちょっと怪しいですね。フリガンの奔放さや豪快さがただただ気に入らないだけじゃないかと。それは例えば、牢につないだフリガンを罰する次のシーンからも窺えます。

かくて連日、夜の七時、スコラプコフスキは牢へと降りて行ったが、そのときはタバコ色のガウンを羽織り、手には細目の棒か、針金かを何本となく握りしめていた。毎夜、七時以降、声ひとつ立てぬならず者相手に、了見の狭い控訴審判事は額に汗して、むっつり口を利かず、治療に専心したのだ……。黙ったまま、フリガンに歩み寄ると、彼はまずその踵を一心にいつまでも擽った。痙攣するような微かなこそばゆさを引き起こさせるためなのだ。それからこんどは細い棒を使ってこせついた嫌がらせを働き、数枚の板を用いて、男の視界を狭め、細針を何本も彼に刺して、目の前にはエンドウマメ、ソラマメ、ピート大根を並べた……。

これは、罰というか「こせついた嫌がらせ」ですね。踵をくすぐるとか板で視界を狭めるとか、うっとおしいことこの上なし。こういうチマチマしたやり方こそ、フリガンが最も嫌うものでしょう。いっそのこと処刑しちゃえばいいじゃんと思いますが、チマチマが大好きな元判事によれば、この暴れ者に「狭苦しい思い」を味わわせるのが目的だとか。これにより彼の豪放さを「治療」できると考えているわけです。
なるほど、治療ね。要するに、私と同じようなパーソナリティになれ、ということです。その方が、ひと思いに処刑するよりもスコラプコフスキの自尊心を満足させるんでしょう。イヤなヤツですね。アナーキーなフリガンにちょっと肩入れしたくなる。
もちろんさすがの大悪党、なかなか思うようには治療されたりはしません。しかし、ある日、スコラプコフスキはフリガンの弱点を発見します。それが、タイトルにもなっている「ねずみ」。大男がねずみを怖がるというのも滑稽ですが、それを知って大喜びする元判事というのも滑稽です。
さあ、フリガンとスコラプコフスキの運命やいかに? ラストシーンは、なかなかえぐいことになるんですが、ゴンブロ慣れしてきた僕にはちょうどいい湯加減です。


「大宴会」
わざと古臭い文体で書かれていると思しき、これまた寓話タッチの物語です。
外つ国の姫を妻に迎えることが決まった国王。しかし、この王様、各所から賄賂をせびるような非常に意地汚い人物なんですよ。皇女となるお姫様から見た国王の姿はこんな感じ。

これが国王陛下であり、未来の配偶者たる人であろうか、面構えは店番、目つきは果物の小商人、またはもぐりの強請(ゆすり)常習犯めく下司な商売人が? さりとて――なんたる不思議か――そんな商人(あきんど)風情が、拝礼の列をかい潜り、こちらへ歩堂々の国王陛下と堂々の国王陛下と同一人であろうとは?

ひどい言われようですが、実際にゲスい人物なんだから仕方がない。そこで、お輿入れの大宴会の際に国王がスキャンダラスなことをしでかさないよう、宰相や閣僚たちが必死で策を講じます。「王を王に強いること」「王を王の囚われ人とすること」「王を王に閉じ込めること」。まあ、身分にふさわしい振る舞いをさせるということでしょうけど、王に圧力をかけるねじれたやり方はかなり可笑しい。何かを禁じるのではなく、その逆をいくというパターン。
パニックに陥った王様は、やがて突き抜けちゃう。って書いても何のことかわからないでしょうけど、このお話はこんな風にして終わります。

「突撃に前進! 突っ込め!」国王が号令した。
超・密集集団を率い先陣に立ち、超・突撃する超・国王は夜の闇へと溶け込んで行った。

ちょーウケるう。超、つまり国王を超えた国王になっちゃったってことです。さあ、戦争だ!


ということで、『バカカイ』はこれでおしまいです。バカかい? うん、バカだけどそれが何か? そんな返事がかえってきそうな短編集。気違いじみた人物、気違いじみた行動、気違いじみた展開、ゴンブロさんのショーケースといった感じで、大いに笑わせてもらいました。