『ダーク・タワー III ―荒地―』スティーヴン・キング【4】


下巻は去年のうちに読み終えてたんですが、忙しくって更新が滞っているうちに、年が明けてしまいました。「読んでる途中で書いてみる」なのになあ…。
まあ、いいや。ラストまでダダっといっちゃいます。
ということで、「第二部 ラド――壊れた偶像の山」の「第四章 街と〈カ・テット〉」。
ジェイクがガンスリンガーの世界、中間世界(ミッドワールド)にやって来たところで、上巻が終わりましたが、いよいよ4人で暗黒の塔を目指すことになります。そしてさらに、仲間になるのが、ビリー・バンブラーと呼ばれる一匹の獣。アライグマとウッドチャックとダックスフンドの合いの子のような小動物で、人間の声をマネして喋る性質を持っています。ジェイクはこの動物に、「オイ」と名付けて可愛がります。
そして、一行は前方に都市を見つけ、そこへ向かうことに。この都市の名前が、「ラド」です。ラドには、アメリカの都会を思わせるビルが建ち並び、時折、太鼓の音のようなものが鳴り響いています。この太鼓の音、ちょっと面白いです。

ドラムに似た音は、実際のところ薄気味悪く、エディは凡百の低予算の秘境冒険譚(そうしたドラマのほとんどを、兄のヘンリーと一緒にポップコーンの碗を挟んでテレビで見た)を想起した。その手の話では、探検隊が探していた伝説の失われた都市は崩壊しており、住民は退化して人食いの種族となっているのだが、エディは、少なくとも遠くから見たかぎりではニューヨークに酷似している都市で低予算の秘境冒険譚じみたことが起こるとは思えなかった。

ニューヨークっ子のエディは、この異世界を読者の知っているイメージに翻訳するという役割をしばしば担っています。ローランドだけでは、こうはいかない。それにしても、白人を血祭りにあげる原住民の太鼓の音…。いかにもB級テイストのイメージですが、こういう直感には、何かしらの真実が含まれていたりするものです。

和やかな沈黙が一同のあいだに降り、ジェイクは眠気に誘われた。もうすぐ眠りそうだ、気持ちいいな、とジェイクは思った。とそのとき、規則正しい鼓動のような太鼓の音が南東より聞こえてきた。ジェイクはハッとして背筋を伸ばした。旅の仲間たちはみな、一言発せずにその音に聞き入った。
「ロック特有のバックビートだぜ」不意にエディが言った。「俺、よく知ってるよ。ギターやベースを取り除くと、こんな感じ。実際、このリズムはZZトップにすごく似ている」
「ZZ…だれだって?」スザンナが聞いた。
エディがニヤリとした。
「きみの時代には、奴らはまだいなかった。つまり、たぶん、生まれてはいただろうけど、六三年だと、まだ連中はテキサスの小学校に通っているハナ垂れ小僧たちだったってことさ」

またしても、エディ。しかも、ZZトップとは…。これまでも、ビートルズストーンズやキッスの曲が重要なシーンに登場してましたが、このセレクトは意外です。しかも、冗談かと思ったら、ホントにこのドラムの音はZZトップらしい。このバカバカしい設定、サイコーです。ちなみに、ZZトップのメンバーは長い鬚がトレードマーク。彼らが小学校に通っている様子ってのも、ちょっと可笑しいですね。


「第五章 橋と都市」。
さて、今回、一行が焚き火を囲んでする話は、何と、「なぞなぞ」。ジェイクがニューヨークの本屋でプレゼントされたあの本が、ここで活きてきます。ローランドの少年時代、なぞなぞは学習の一部だったとか。

「ほんとう? どうしてなぞなぞなんか勉強するの?」
「ヴァネイが、俺の教師だが、謎かけに答えられる子どもは、曲がり角の向こう側を考えられる子どもだと教えてくれた。毎週金曜日の午後には、謎かけの競技がひらかれて、優勝した者はだれでも、学校を早退できる決まりだった」

知性をなぞなぞで測る世界。なかなか面白いです。4人はそれぞれなぞなぞを出し合いますが、エディのなぞなぞはローランドにえらく評判が悪い。「無意味で答えが見えないから、くだらない」とにべもありません。僕は好きですけどね、エディのなぞなぞ。例えば、こんなの。

「緑色で、重さは数百トン、海の底に住んでいるもの何だ?」
「知ってるよ」とジェイク。「白鯨の鼻汁だ」
「愚昧な」ローランドはつぶやいた。

まあ、このなぞなぞ、知性の物差しにはならないでしょうけど。
一行は、目前に近づいた都市、ラドにある、モノレールのブレインを目指します。絵本『シュシュポッポきかんしゃチャーリー』が暗示していたのは、この列車のようです。しかし、都市へ入る橋を渡る途中で、ジェイクが怪しげな男にさらわれてしまう。
このあとは、もう怒濤の展開。ブレインの発着駅を探すエディ&スザンナ、チクタク・マンと呼ばれる男の元へ連れ去られていくジェイク、そしてジェイクを探すローランド&オイのパートが、テンポよく交互に描かれます。
例えば、これは、エディが物言う列車ブレインを目覚めさせてしまうシーン。

通話装置のライトがふたたび消えたが、ほんの束の間のことだった。今度は〈コマンド〉と〈実行〉、両方が点灯し、しかもその色はピンクではなく、鍛冶屋の塊鉄炉を思わせる、ぎらぎらとした紅蓮色だった。
「おまえたちはだれだ?」声が轟いた。眼前のボックスからだけでなく、市内で機能しているスピーカーすべてから流れてくる。スピーカー塔からぶら下がる腐乱死体が耳を聾せんばかりの声にびりびりと震えた。まるで死人でさえも、できることならブレインから逃げ出したいとでもいうように。
スザンナは車椅子の上で縮みあがった。両手の付け根を耳に押しつけ、顔は狼狽で真っ青、口は声なき悲鳴の形に歪んでいる。エディは自分自身が小さく縮み、十一歳のころの、夢想的で幻覚的な、あの恐怖の世界へと戻っていくような感じを受けた。(中略)ひょっとしたら自分は、この声を待ち焦がれていたのか? わからない……いまわかるのは、昔話に出てくるジャックが豆の木で遊びすぎて巨人を起こしてしまったときの気分だ。

ジャックと豆の木」の喩え、上手いですね。さすがエディ。ブレインはラドの街全体を統べるコンピュータのネットワークとつながっており、そのセリフは、本文中ではすべてゴシック体で表記されています。機械の言葉であり、神の言葉でもある、大文字の言葉。
次は、ジェイクがチクタク・マンに詰問されるシーン。

チクタクに顔に平手打ちを食らわされ、ジェイクはガッシャーの前にはじき飛ばされた。すぐさまガッシャーは、少年を押し戻した。
「授業中だぞ、かわいこちゃん」ガッシャーが囁く。「学科を頭にたたきこめ! よっくたたきこめ!」
「わしが話をしているときは、こちらを見るのだ」とチクタク。「敬意を捧げろ。さもなくば、おまえの金玉を捧げてもらうことになる」
「わかりました」
チクタクの緑の瞳がぶっそうな光をおびた。
「わかりました、何が?」
ジェイクは、正しい答えを見つけ出すため、もつれあった疑問の束とにわかに芽生えた希望をひとまず隅に押しやった。(中略)
「わかりました、先生(サー)」
チクタクが微笑んだ。

チクタク・マンは時計に異様な執着を燃やす、ラドの地下帝国のボス。やさしい顔で握手をしながら、ナイフをぶっ刺すようなタイプです。
このように、それぞれがそれぞれの局面でピンチに陥り、それが並行して描かれる。シーンを細かく分断し、分刻みでスリルを高める、いわゆるカットバックです。そして、ぎりぎりの瞬間の救出劇、いわゆるラスト・ミニッツ・レスキューへと雪崩れ込む。これは、映画ではおなじみの手法ですね。スティーヴン・キングの作品は、よく映画的だと言われますが、このあたりはその最たるものでしょう。ノンストップで読みたいところです。
それにしても、このモノレールのブレインのキャラクター設定は、面白い。この小説にこれまで登場したキャラの中でも、一番インパクトがあります。横柄で古めかしい物言いに、時折、戯れ歌や物真似を交え、どうやら頭が狂っている風でもあります。

スザンナは半眼にした嘲笑う目を思わせる三角形の窓に目をやってから、エディを引き寄せ、耳のすぐそばで囁いた。「こいつ、完全に狂ってるわ、エディ……分裂病、偏執症、もしかしたら妄想も入ってる」
「そんなことはわかってる」エディは囁きかえした。「俺たちが向かい合ってるのは、頭のいかれた天才コンピュータ内幽霊さ。しかもなぞなぞが大好きで、音速より速く走るときたもんだ。ようこそ、ファンタジー版『カッコーの巣の上で』へってわけ」

今度は、『カッコーの巣の上で』ですか。精神病院を描いた小説で、映画にもなってます。ブレインは、街をひとつ破壊したあと、ゴシック体でこんな風に言ってのけます。「さよなら三角、また来て四角、お便りちょうだいな」。ふざけてるのか、何なのか。やっぱり狂ってるんでしょう。で、もう一つ、ブレインの最大の特徴がエディのセリフに出てきましたね。そう、「なぞなぞが大好き」。こんなバカげた設定、キング以外の誰が思いつくっていうんでしょう。ムチャクチャです。なぞなぞ好きのきちがいコンピュータ列車。しかし、これに乗らないことには、ローランド一行は暗黒の塔へ向かうことはできません。


最後の章「第六章 謎と荒地」では、疾走するブレインに乗り込んだローランドが、ブレインになぞなぞ対決を提案するという、とんでもない展開へと突っ走ります。暴走列車で、暴走気味の展開へ。勝てばローランドたちは終着駅トピーカまで無事送り届けられる、負ければローランドたちの命が奪われるという、命がけのなぞなぞ。というところで、この第三部『荒地』は終わります。いわゆるクリフハンガーってやつです。次週へ続く! 乞うご期待! というようなノリ。最後のシーンは、ブレインのゴシック体のセリフで締めくくられます。これがカッコイイ。

「では」ブレインが声を張り上げた。「策を練るがよい、流浪の旅人たちよ! わたしを謎かけで悩ませてみろ。さあ、競技会の始まりだ」

うわー。


というのが、去年まで読んだところです。非常に気になるところで、年またぎ。
この他にも、ブレインがジョン・ウェインハンフリー・ボガートの物真似をするとか、チクタク・マンがナチに言及するなど、現代世界との関係もほのめかされてるし、スザンナは何か隠してるっぽいし、どうなるんでしょう? 風呂敷はどんどん大きくなってますが、最後にはちゃんと辻褄が合うんでしょうか?
ということで、『ダーク・タワー III ―荒地―』読了です。次巻へ続く! 乞うご期待!