『文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子』室生犀星【5】


大正時代の幻想小説には魅力的なものがけっこうありますが、室生犀星もそうした作家の一人に数えていいでしょう。作品に立ちこめる夕闇の気配に、当時の薄暗い夕暮れや街燈の薄明かりを思い、不思議とキュンときます。
夕暮れは昼と夜の境界にあって、どちらにも属さない時間、またはちらにも属する時間です。犀星怪談ではそんな風に、昼と夜、あの世とこの世、夢と現の境界が溶けて入り混じり、奇怪な出来事が起きます。いや、そこまではっきりしないか。何となく薄気味悪い。どことなくイヤな気配を感じる。そんな捉えどころのない感覚を、犀星はどこか輪郭がぼやけたような繊細なタッチで描き出します。
例えば、死んだはずの息子が目の前に現われる。しかし、犀星はそれを「幽霊」とか「死者」とか「化け物」などと呼んだりはしません。名付けえぬただの「童子」として扱う。名付けることで、怪異に輪郭を与えるようなことはしないのです。何故なら、輪郭を与えてしまったらそれはもう当初感じていたものとは別物になってしまうからです。
もやもやとしたものを、もやもやとしたまま描き出す。犀星の繊細さは、そういった類のものです。それは、怪異を怪異のまま受け止めるということなのでしょう。ですから、怪談と言いながら、そこで描き出される感情は恐怖ばかりではありません。淋しさ、切なさ、疎ましさ、悩ましさなどなど、どこか切実なものが漂っています。
それが、妙に胸を掻きむしる犀星怪談の魅力なのだと思います。
では、ベスト5を。僕の好みでは、1パート目の家族小説と3パート目の都市小説がよかった。2パート目は、それに比べるとちょっと落ちるかな。
1「童子
2「童話」
3「香爐を盗む」
4「幻影の都市」
5「みずうみ」


ということで、『文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子』は、これでおしまい。
怪談集を読み終えてみれば、すっかり秋ですね。