『ナイフ投げ師』スティーヴン・ミルハウザー【5】


初っぱなに登場する表題作「ナイフ投げ師」から、いつにも増して不穏な緊張感が張りつめていましたが、こうして読み終えると、ミルハウザーの暗い想像力が発揮された短編集だったなあと思います。「病的」ってのは言い過ぎですが、どこか怪しく不健全、倒錯的で頽廃的、グロテスクに歪んだ妄想の数々。
『イン・ザ・ペニー・アーケード』の冒頭の中編「アウグスト・エッシェンブルク」には、大衆に迎合せずひたすら精緻な自動人形を作り続ける主人公に対して、大衆の欲望を刺激するようないかがわしい人形を作るライバルが登場します。今回のミルハウザーは、このライバル側に立った作品が多かったんじゃないかな。
でも、どちらが本筋ってわけじゃなくて、どっちもミルハウザーなんでしょうね。空へ惹かれると同時に、地下へ潜っていく。孤高の天才を讚えると同時に、大衆の夢を描き出す。少年の日の驚きと少女の神秘に酔うと同時に、大人たちのねじれた欲望を幻視する。
「私たちの地下室の下」では、これら二つの指向が最後の最後に融合します。この作品が巻末に置かれているのは、もしかしたら「まとめ」みたいなニュアンスがあるのかもしれません。
僕のベスト5は、以下の通り。
1「パラダイス・パーク」
2「空飛ぶ絨毯」
3「夜の姉妹団」
4「月の光」
5「ナイフ投げ師」


ということで、『ナイフ投げ師』については以上です。
このあとは、ミルハウザーまつりについてまとめます。