『青い脂』ウラジーミル・ソローキン【5】


読み終わりました。いやあ、ラストスパートはすごかった。もうどこまで行っちゃうのーって感じで、怒濤の展開。脳みそが爆発しそうになります。
ほいじゃ、いくぜ!


まずは、スターリンとフルチショフのシーンから。場面がフルチショフのベッドルームに移ったとたん、どうも様子がおかしい。ひょっとして、またアレか?

スターリンは枕に呻き声を漏らした。
フルチショフは彼の肩甲骨の間に強く長いキスをすると、唇を耳まで伸ばして囁いた。
「坊やは何が怖いの?」
「太い芋虫……」スターリンはすすり泣いた。
「太い芋虫はどこにいるの?」
「おじちゃんのズボンのなか」
「芋虫は何がしたいの?」
「入りたいの」
「どこに?」
「坊やのお尻に」

わぁお、スターリンとフルチショフのベッドシーン。実際の歴史では、フルチショフはスターリンと対立する立場の人物ですが、何なんですか、この展開は。もちろん、この作品ではすっかりおなじみのアナルセックス、しかも幼児プレイです。子供になってフルチショフに「命令して!」とせがむスターリン。よくまあ、息子たちの女装癖を責められたもんです。独裁者の性癖を描いた小説や映画はいろいろありますが、これはかなりのイキっぷりです。フルチショフ曰く「坊やに命ずる。イくんだ!」。って、何言っちゃってるんだか。
部外者から見れば鼻白む行為ですが、当事者である二人にとっては紛れもない愛の行為。何だかんだ言ってもラブラブっぽいところが、また可笑しいです。「君の精液は熱いね。まるで溶岩みたいだ」とかなんとか。かなり生々しい挿入シーンもあります。そういうのが好きな方はお楽しみに、苦手な方は気をつけて。
一夜明けて、スターリンはフルチショフに青脂のことを打ち明ける。ということで、青脂を手にしたスターリンは家族と従者、フルチショフと護衛の忍者部隊と共にプライベート飛行機でロシアを脱出します。手に手を取っての逃避行。忍者部隊ってのも笑っちゃうんですが、実は彼らには極秘計画があったんですよ。ということで、さあて物語が大きく動き始めましたよ。
と、ここでまたしても小説内戯曲が登場。この戯曲に出てくる「攪拌工」っていうコンクリートを混ぜる役目の人物の扱いがまたひどかったりするんですが、それは読んでもらうとして、この戯曲を受けたコメントがちょっと面白い。

「やっぱりファジェーエフが、注射器のテーマはソヴィエト文学において過去、現在、未来に渡って重要であり続けるだろう、って書いてたのは正しいわね。他にそれと同じくらい意義を持つようなものは今のところないわ」

初めて聞いたよ、「注射器のテーマ」。これはもちろん、スターリンの舌下注射が背景にあるわけですが、それが文学的なテーマになっているというのが可笑しいです。深読みすれば、挿入シーンだってある意味「注射器のテーマ」と言えなくもない。もう挿入だらけですからね、この作品は。大地と交合しちゃったり、おじちゃんの芋虫が坊やのお尻に入ったり。さらに言えば、栓抜きを刺し込む拷問シーンもありましたね。ちなみにこのあとも、イヤーな拷問シーンが出てきます。
ということで何だかんだあって、スターリン一行はドイツに到着。彼を迎えるのは、出ました、なんとアドルフ・ヒトラーです。このパラレルワールドでは、第二次大戦後、ヨーロッパはロシアとドイツに支配されているんですよ。つまり、スターリンヒトラーは二大支配者、巨頭会談というわけです。ちなみに、原爆がロンドンに落とされ、東西を隔てる壁がプラハにできていて、アメリカの覇権に対してロシアとドイツは危機感を持っているといったところが、この作品で改変された世界史です。
さて、歓迎の晩餐が行われたヒトラーのお城の「天の間」は、こんなお部屋。

床の薄青い露の大理石が壁の青い碧玉へと滑らかに流れ込み、そのまま暗紫色の曹灰長石(ラブラドル)でできた巨大な楕円形の見事な円天井(クーポル)まで伸びていた。天球にはダイヤモンドの星々が輝き、天の川がうつろいながら横切っていた。見えない磁石で支えられた鋼鉄の鉤十字(スワスチカ)がゆっくりと回転しながら北極星の下に浮かんでいた。

すごいなあ、天井で回転する巨大な鉤十字。ヴィスコンティのマネをしてケン・ラッセルが撮った映像、みたいな感じ。ポイントは「青」です。ヒトラーの周りは何故か「青づくし」なんですよ。このあとも青い食器に青いテーブルクロスで食事をするシーンが出てきます。流れる曲は「青きドナウ」。青脂を暗示しているのかな。わかりませんが、とにかくヒトラーは「青」に魅かれていることは間違いありません。そして何よりびっくりなのは、ヒトラーの手からは人々を操る謎の青い火花が放たれること。魔法? 超能力? 超人的すぎて、もうどう対処したらいいもんかわかりません。
この晩餐会で交わされる会話も、いちいち面白い。「いつになったらあなたの勇敢な《独空軍(ルフトヴァツフェ)》はアンクル・サムに原子ポップコーンをばら撒くのですか?」とか、「ユダヤ人は極めて活動的で才能ある民族だ。ロシア革命における彼らの貢献は莫大なものだ。だから我々も毎年わずか五万人のユダヤ人しか銃殺に処していない」とか、物騒な話が、和やかに交わされる。
そしてこのあと、スターリンたちの極秘計画が動き出し、青脂をめぐるドタバタ騒ぎに雪崩れ込んでいく。ここから先は怒濤の展開。さっきまでの、ちんたらした晩餐は何だったんだというくらい、あれよあれよと事態は加速していきます。「え? え? 誰と誰が味方同士で誰が敵なの?」と翻弄されているうちに、クライマックス。

「成れり……」一同が静まりかえった中でヒトラーは囁いた。

また出た、「成れり」! 何が成ったのかよくわかりませんが、このあととんでもないことになります。どうなったかは言いませんよ。言いませんが、何なの、これ? 「注射器のテーマ」大全開。意識拡張というか、もう頭クラクラですよ。すげー、すげー。
さらに、このクライマックスのあとにもうひと仕掛け。最後の最後に意外な人物が登場し、「青脂の機械的加工」方法が紹介されます。ここにきて「機械的加工法」って…。しかも、これまでまったく出てきてないような使い方。あっけにとられます。わけがわかりません。終わり方まで、人を食ってる。
でも、そんなことを言い始めたら、最初っからわけがわからないまま読んでたからね。むしろこう言いたい。わからないということが、こんなに刺激的で面白いとは! 物語は予想したようになんか進まないし、文章すら予想したようにはつながりません。ソローキンは、一貫してますね。読者が簡単に腑に落ちたり、納得したりするような作品にだけはすまい、と思っているんじゃないかな。
ヤサウフ・パショー! ソローキンの青い哄笑が聞こえてくるようです。


ということで、『青い脂』読了です。