『ペドロ・パラモ』フアン・ルルフォ【4】


読み終えました。わずか200ページだってのに、うーん、濃密。二度読み返したくなるような、複雑な構成にクラクラします。


後半、主に描かれるのは、ペドロ・パラモとスサナの関係です。ペドロは夫を亡くしたスサナを無理矢理コマラの町に呼び寄せ、妻にする。しかし、スサナはいつも心ここにあらずで、夜ごとうなされ、のたうち回る。彼女が「気が違ってる」と言われる由縁でしょう。

中からスサナを痛めつけているものは何なのか、へとへとになるまでその身を引き裂き、夜通し体をのたうちまわらせるものは何なのか、それさえ彼にわかれば……。
スサナをよく知っているつもりだった。たとえそうでないにせよ、自分にとってこの世でいちばん大切な人であることには変わりはなかった。そのうえ、しかもこれがいちばん大切なことだが、スサナは、自分のこれまでの記憶をことごとく消し去り、これからの人生を照らしてくれる灯明になってくれるはずだったのだ。
いったいスサナ・サン・フアンはどういう世界に住んでいたのか、これはペドロ・パラモがついに知ることのできなかったことのひとつだ。

ペドロは悪らつな手段で地元のボスにのし上がった悪党。他人の土地をだまし取り、女を犯していらなくなったら捨て、神父や反政府ゲリラまで手玉に取る。そのペドロが「これまでの記憶をことごとく消し去り」たいと思ってるとは、意外です。気の触れた未亡人に執着する権力者。しかし、彼が一番欲しいものは手に入らない。ペドロの罪は消えず、死人ばかりが増えていく。
スサナの死の際でレンテリア神父が復唱させる祈りの言葉が不気味です。

「私は泡立つ唾を飲みこむ。虫がうようよ湧いている土くれを噛む。それが喉に引っかかり、口をこすりつける……。私の口は、歯に刺し貫かれ、穴だらけとなる。そしてがつがつ食われて、歪みながら落ち窪んでゆく。鼻がぐにゃぐにゃに柔らかくなり、目玉はどろどろに溶ける。髮は炎となってわっと燃えあがる……」

形あるものは皆崩れていく。滅び土に返っていく。美しい町コマラも、ペドロの広大な土地メディア・ルナも、ぼろぼろと崩壊していきます。そして死者の記憶だけがさまようことになる。ペドロ・パラモが消し去りたいと思った記憶は、今や町にこびりつき、死者たちの噂話やつぶやきとなってあたりにたちこめています。土の下にいる者たちの記憶が蜃気楼のように立ち上がり、現実のコマラを覆ってしまう。

太陽が少しずつ昇ってきて、まわりを鮮明に照しだした。ペドロ・パラモの前には、荒涼とした無人の土地が広がっているばかりだった。

冒頭のロバ追いの「誰も住んじゃいねえんだ」という言葉を思い出します。みんな死んじゃった。あとは、死者たちの長いお喋りがあるばかりです。


ということで、『ペドロ・パラモ』読了です。