『ペドロ・パラモ』フアン・ルルフォ【2】


さあ、どんどんいきましょう。
夜、家の外の物音に耳をすますエドゥビヘスに主人公は「どうかしたのか」と尋ねます。エドゥビヘスの答えはこうです。

「メディア・ルナの道を走るミゲル・パラモの馬だよ」
「じゃ、メディア・ルナには誰か住んでるのかい?」
「いいや、誰も住んじゃいないよ」
「というと?」
「馬が行ったり来たりしてるだけだよ。ミゲルと馬はいつも一緒だったのさ。主人をさがして四方八方走りまわって、いつもこんな時間に帰ってくるんだ。きっと、あのかわいそうな馬は、後悔でじっとしてられないんだろうよ。動物だって、悪いことをしたときは、ちゃんとわかるんだね」
「さあ。それに馬の走る音なんて聞こえなかったよ」
「聞こえなかった?」
「ああ」
「それじゃ、あたしの第六感だったんだ。(後略)」

メディア・ルナはコマラの町に隣接した広大な土地で、そこの地主がペドロ・パラモだと、ロバ追いのアブンディオが言ってました。確か彼もそこに住んでたはずですが、エドゥビヘスは「誰も住んじゃいない」って言います。やっぱり、死んじゃってるのかな、アブンディオは。
ミゲル・パラモは、その名の通り、ペドロ・パラモの息子。どんだけ息子がいるんだ、って話ですが、ペドロはかなりの女たらしだったようです。そして、エドゥビヘスはミゲル・パラモが死んだときのことについて語り始めます。彼は自分が死んだ夜、彼女を訪ねてきたとか。

『どうしたの?』ってあたしはミゲル・パラモに聞いた。『肘鉄砲でもくらったのかい?』
『違うよ。あの娘は相変わらずおれに首ったけさ。だけど会えなかったんだ。町がなくなってたんだ。霧だか煙だか知らないけど、一面にたちこめてさ。コントラはどこにもなかった。ずいぶん遠くまで行ったような気がするんだが、何もなかったんだ。あんたに話しに来たのは、あんたならわかってくれると思ったからだよ。コマラのほかの連中に話そうもんなら、あいつ頭がおかしいんだって言うにきまってる。いつもそう言われてきたからな』
『頭がおかしいんじゃなくて、死んじまったのよ、ミゲル。あの馬はいつかあんたを殺すだろうって言われてただろう? 思い出すんだよ、ミゲル・パラモ。(後略)』

町がなくなっちゃったんじゃなくて、自分が死んじゃったんだと。またしても、生きてるみたいな死人です。たぶん、馬から落ちて死んだんでしょう。馬は、そのことを悔いて、夜な夜な町を走り回る。面白いのは、その馬の声が主人公の耳には聞こえないこと。「第六感」なんて言ってますが、要するに幽霊が見えるってことでしょ。シックス・センスです。ということは、ミゲル同様、馬も幽霊なんでしょう。
ところで、この作品は、短い断章で構成されています。それはいいんですが、父を探しにコマラの町にやってきた男の話かと思っていると、いきなりその父親の少年時代の話になったりと、場面がジャンプする。いや、ときどきってのは控えめな言い方ですね。この先を読み進んでいくと、頻繁に視点があっちこっちに飛びまくる。時間軸は前後し、登場人物もバラバラ。何の説明もなくまったく別のシーンになっているので、中には誰の話なのかわからないものもありちょっと戸惑いますが、読みづらいというほどではありません。むしろ、こうしたエピソードの断片が、この作品に深みというか立体感を与えているように思います。
場面がジャンプするにつれて、登場人物もどんどん増えていきます。例えば、ペドロから金をもらい信条に反することをしてしまうレンテリア神父。例えば、先代からパラモ家に仕えていた、ペドロの使用人フルゴル。例えば、ペドロから土地を取り上げられてしまうアルドレテ。
そこから、ペドロ・パラモがこの地でのし上がっていく様が、徐々に浮かび上がってくる。そのやり口は、悪賢く卑劣で傲慢です。借金を踏み倒すために、その家の娘にプロポーズをするとか。この娘こそが、ドロリータス(ドロレス)、つまり主人公の母親です。求婚され喜ぶドロレスに対し、ペドロは支度金まで分捕ろうと画策している。悪党ですね。
一方、エドゥビヘスはとっくの昔に死んでしまったことも、だんだんわかってきます。おそらく、この死もペドロ絡みなんでしょう。そして、彼女は主人公の前から姿を消してしまい、その代わりにメディア・ルナに住んでいたダミアナという女性が現れます。ダミアナは主人公が幼い頃に面倒をみてくれた女性らしい。何故、彼女が現れたのかはわかりませんが、「うちに泊まりにおいでよ」と主人公を誘います。

「この町はいろんなこだまでいっぱいだよ。壁の穴や、石の下にそんな音がこもっているかと思っちまうよ。歩いていると、誰かにつけられてるような感じがするし、きしり音や笑い声が聞こえたりするんだ。それは古くてくたびれたような笑い声さ。声も長いあいだに擦り切れてきたって感じでね。そういうのが聞こえるんだよ。いつか聞こえなくなる日がくるといいけどね」
町を横切りながら、ダミアナ・シスネロスはおれに語るのだった。
「毎晩のように祭りのどよめきを聞いたことがあるんだ。メディア・ルナまで聞こえてきてね。ところが、どんな騒ぎかのぞきに行ったら、何が見えたと思う? こことおんなじさ。空っぽさ。人っ子ひとりいやしない。通りだってこんなふうにひっそりとしてたよ。
しばらくすると、あの騒ぎは聞こえなくなった。にぎやかなのは、人を疲れさせるからね。だから、聞こえなくなっても、驚きゃしなかったね」
「そうなんだよ」とダミアナ・シスネロスはまた喋りだした。「この町はいろんなこだまでいっぱいなのさ。あたしはもう驚かないね。犬が鳴いたって、勝手に吠えさせておくんだ。風の吹く日なんか、木の葉が舞い上がるんだけど、ここは見ての通り、木なんて一本もありゃしない。昔はあったんだろうね。でなきゃ葉が出てきっこないもんね。
いちばん気味が悪いのは、人の話し声が聞こえるときだね。なんだか割れ目の中から漏れ出てくるみたいな声だよ。でも誰の声かわかるくらいはっきり聞こえるのさ。(後略)」

やっぱり、死者の町です。ドロレスもペドロもアブンディオもエドゥビヘスも、亡き人となっています。そんな今はもういない人たちの声が、こだまとなって染み出してくる町。過去の思い出が染みついた町。馬の幽霊から木の葉の幽霊までさまよう町。
誰もいないのに、祭りのどよめきが聞こえる。まるで、ひんやりとした静けさと濃密な熱気という矛盾する印象が同居する、この作品のようですね。冒頭でロバ追いの言っていた「お祭り騒ぎになるだろうよ」というセリフは、この「祭りのこだま」のことだったのかもしれません。
「こだま」は、ポイントでしょうね。断片的に語られる様々なエピソードは、まるで死者たちが語るこだまのようです。この作品には、いろんな声であふれています。過去に遡り、絡まり合う声。それはとらえどころがないくせに、はっきり聞こえる死者の声です。
夜道を歩くダミアナに、主人公は問いかけます。

「ダミアナ、あんたは生きているのかい? 教えてくれ、ダミアナ!」
突然、自分だけがあのひっそりとした通りにたたずんでいた。家々の窓は空に向かって開け放たれ、中には生い茂る雑草のしなやかな茎が見えた。壁の表面ははげて、ぶよぶよの泥煉瓦をむき出しにしていた。
「ダミアナ!」とおれは叫んだ。「ダミアナ・シスネロス!」
こだまが返ってきた。「……アナ……ネロス! ……アナ……ネロス!」

彼女もまた幻影だったのでしょうか。ああ、幽霊だらけ。このこだまに誘われて、あちこちで犬が吠え始めます。でも、この吠え声も幽霊のこだまかもしれない。さらに、たくさんの声が聞こえてくる。とても印象的なシーンです。ダミアナが消えてしまい、その名前を呼んだ瞬間、静かな町にいっせいに犬や人々の声が溢れ出す。様々な出来事の断片が、そこから窺えます。ペドロの噂、若い恋人たちの会話、そして女たちの歌声…。


ということで、今日はここ(P78)まで。とても面白いです。死者と生者の境界が曖昧なわけですが、死者たちはそれをまるで当たり前のように受け止めている。それは、不条理なのにことさらそれを言い立てない、この作品のタッチとよく似ています。