『スペシャリストの帽子』ケリー・リンク【6】


僕は、小説にワンダーを求めているところがあって、自分が思いつかないような発想で書かれていたりするとうれしくなるタチなんですよ。その意味で、この『スペシャリストの帽子』は、大満足です。「木の鼻をした父親」とか、「靴博物館に棲んでいる独裁者の妻」とか、「緑色のものしか食べない女の子」とか、「タップダンスをする女強盗団」とか、魅力的じゃないですか。他にも、「背後にぴったり付いてくるホテル」や、「歯のある帽子」や、「通った跡がトンネルのようになっている吹雪」なんかも出てきます。いいなあ。頭がぐにゃぐにゃになる。
こうした不思議なものがごくごく当たり前に登場するのが、ケリー・リンク作品の魅力だと思います。奇想を奇想と感じさせないナチュラルさ。現実と空想の境目が溶けてしまったような曖昧さ。それが、遠近感の狂ったような何とも言えない奥行きを与えています。すっきりとした読後感のある話は、一つもありません。どれも、わかったようなわからないような、非常に説明しづらい感触が残るものばかり。
一言で言うと、「夢」の世界。辻褄が合ってるような合ってないような、何かの理屈で動いてるような気がするけどそれが何だかはわからない世界。どこか不定形というか、形がしっかり定まってない世界です。この夢への近しさは、内田百けん(漢字が出ないのでひらがなですが)を連想させたりもします。最近の日本人作家で言うと、川上弘美とか北野勇作あたりかな。
ケリー・リンク作品には、くり返し出てくるモチーフがいくつかあります。まず、「幽霊」や「死者」。それから「双子」や「分身」。そして、「名付けるということ」。これらは、みんな「アイデンティティ」に関わるものですね。私が私じゃないような気がする…、そんなゆらゆらした自己もまた、夢の世界に近しいもののように思われます。
それから、もう一つ。古今東西の様々なお話のモチーフが、あちらこちらに散りばめられているのも、彼女の特徴でしょう。よくわからないのに不思議と引き込まれるのは、どこかで聞いたことのあるお話の残り香みたいなものがたちこめているからかもしれません。おとぎ話、ハリウッド映画、ギリシア神話、SF小説…。「私だったらこうするな」なんて妄想を膨らませて、まったく別のお話を作っちゃうような、空想少女の趣があります。例えば、こんな風に。

少女探偵は十二人の踊るお姫さまのことをよく考えた。彼女とお姫さまたちには共通点が二つ、三つある。たとえば、革靴。ひょっとしたら下着も。それから、母親がいないという点も。これはフィクション、とりわけおとぎ話のもう一つの側面だ。母親はたいていの場合いなくなっている。少女探偵は不意に、これらの母親たち全員のことを想像してみた。母親たちはみんなおなじ場所にいる。はるか遠く、彼女が見つけられないどこかに。そのことに彼女は憤る。いったいその母親たちは寄ってたかって何をやってるのよ?

このような「お話からお話を作る」手つきのポップさは、僕にはとてもチャーミングに思えます。

収録作品からベスト5を選ぶと、こんな感じでしょうか。
1「少女探偵」
2「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」
3「雪の女王と旅して」
4「ルイーズのゴースト」
5「生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー
いや、全部いいんですけど、構成上の仕掛けがある作品のほうが、僕の好みなのでこうなりました。


というとこで、『スペシャリストの帽子』については、これでおしまい。
次は、アメリカから遠く離れ、ポーランドゴンブローヴィッチという作家の作品を読みたいと思ってます。