『ダーク・タワー II ―運命の三人―』スティーヴン・キング【3】


ガンスリンガーは砂浜に立つ扉から、エディを連れ帰ってきました。彼は暗黒の塔への至るために必要な仲間らしい。扉は運命そのものです。予め定められているかのように、未来の仲間のもとへとつながっている。つまりこの巻は、「運命の三人」、旅の仲間を集める物語のようです。『七人の侍』パターンですね。
まずは、「囚われ人」、ジャンキーの青年が仲間に加わりました。そして次は、「影の女」です。


扉の向こうは、1960年代のニューヨーク、オデッタ・ホームズという黒人女性につながっています。「マルコビッチの穴」ならぬ、「オデッタの扉」。

いま戸口の視野が突然、すべるように横に回転し、ガンスリンガーは軽いめまいを覚えた――が、エディはそのすばやい視野の移動に奇妙にも心なごませられた。ローランドは映画を見たことがない。かたやエディは数えきれないほど見ている。いまエディが目にした視野の移動は、『ハロウィン』や『シャイニング』で使用されておなじみの主観移動ショットのようなものだ。あまつさえエディは、そうしたショットに使用される撮影器材の名前まで知っている。ステディカムだ。

オデッタの目を通して見る世界が、確かに映画の主観ショットのようなものです。でも、本当の主観であれば視線は上下左右にガタガタと揺れるはず。にもかかわらず、オデッタの視野は、ステディカムを使った移動撮影のようになめらかです。何故か? それは、オデッタは両足を失い車椅子に乗っているからです。うーん、こういうところ、巧いなあ。
もうひとつ、ここで面白いのが、スタディカムの移動撮影の代表例として挙げられているスタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』。この原作は、言わずと知れたスティーヴン・キングその人です。いわゆる楽屋落ち。ちなみにキングは、キューブリックによる映画化に大いに不満だったようですが、この映画のすべるような移動撮影は確かに印象的です。三輪車で男の子が人気のないホテルの廊下を進んでいくシーン、怖かったなあ。
話を戻しましょう。旅の仲間ということを考えると、車椅子というのはかなりなハンデです。しかし、それよりももっと重大な問題がある。オデッタは公民権運動の活動家として知られていましたが、実はその中にデッタ・ウォーカーという名のもう一つの人格を持っているんですよ。二重人格ってやつです。デッタは、憎しみの塊みたいな性悪女。裕福で上品で心優しいオデッタと、淫乱で残忍でずる賢いデッタ。ジキルとハイドのようなものです。そしてやっかいなことに、ローランドが旅の仲間として求めていたのは、「影の女」、つまり普段は隠れているデッタのほうなのです。
ローランドは、オデッタをガンスリンガーの世界に連れてきます。エディは気品あるオデッタに恋してしまいますが、ローランドは彼女が二重人格であることを見抜いている。そしてエディに、「気をゆるすな」「おれがドアのあちら側の世界で侵入した女は、夜に出現するロブスターの化け物なみに危険だからな」と忠告します。車椅子の女性に対して、そこまで警戒しなくてもと思いますが、このあとデッタの人格が現れ、そのすさまじい悪女っぷりがたっぷり描かれます。
三つ目の扉を探して歩く道中。デッタは、銃を盗んで二人を殺そうとする。さらには、あれやこれらの方法で、デッタを連れて進む一行の歩みを妨害します。絵に描いたようなタチの悪さ。二人に投げつける、口汚い言葉からもそれがわかります。

「おたがいのチンコをなめあったらどうだい?」車椅子でもがいている生き物が金切り声で叫んだ。「黒人女のアソコがこわいなら、たがいにチンコをくわえあってればいいじゃないか。さっさとやりなよ! なまっちろいロウソクを吸いあいな! いまのうちだよ。さもないと、このデッタ・ウォーカーが車椅子から飛び出して、フニャフニャのなまっちろいロウソクをちょん切るからね。そしてあそこでザワザワとうろつきまわっている化け物にくわせちまうよ!」

この女ならやりかねない。そんな気にさせる、すさまじい罵詈雑言です。口を開けば、やり過ぎだろっていうぐらい、チンコ、マンコ、ファック、ファック、ファックと淫語の連発。これを指して、エディは「わざとらしい演技だ」と言います。つまり、マンガや映画に登場するステレオタイプの性悪黒人を演じているんじゃないかと…。クスリが抜けたエディは、なかなか鋭いところがありますね。


というところで、「リシャッフル」のパートになります。

ローランドが病をぶり返して衰弱したために歩けなくなったことで、エディは単純な事実に直面させられることになった。ここには三人の人間がいて、そのうちふたりは身体を思うように動かせないということである。
では、どんな望み、いかなる幸運がある?
車椅子だ。
車椅子こそ一縷の望みであり、それがすべてだった。

二人の歩けない人間に、一つの車椅子。やっかいです。オデッタが移動している間は、ローランドはその場に寝転がっているしかない。逆に、ローランドが移動している間は、オデッタはその場に座り込んでいなければならない。
さて、三つ目の扉が見つかります。前作『ガンスリンガー』で、魔道師はタロットカードを使い、ローランドの未来を占いました。めくられた三枚のカードは、それぞれ「囚われ人」「影の女」「死」。なので、これまでの展開を考えれば、ここで扉に書かれている文字は「死」のはずなんですよ。でも、違うんですね。この扉には、「押し屋」と書かれている。これは、どういうことでしょう? そもそも、「押し屋」って何だ? こういうひねりをかましてくるのが、またニクイ。「死」とどうつながるのか、気になるじゃないですか。
ローランドは一刻も早く扉の向こうへ行きたい。仲間を探さなきゃならないし、衰弱しきった自分の体もなんとかしなけりゃならない。しかも、夜になるとロブスターの化け物が海からやってくる。事態は急を要します。しかし、一つ問題が。オデッタが行方不明になってしまったんですよ。いや、デッタが、と言ったほうがいい。彼女は、ローランドとエディの二人を殺そうと狙っているはずです。ピンチ、ピンチ、ピンチの大盤振る舞いです。


ということで、今日はここ(P247)まで。続きが気になります。僕も早く、その扉の向こうを見てみたい。