『ダーク・タワー II ―運命の三人―』スティーヴン・キング【2】


ダーク・タワー・シリーズ第2部『運命の三人』、上巻を読み終えちゃいました。ここに収録されているのは「囚われ人」のパートですが、これが読み出したらやめられない。これだけで、独立した作品にしてもいいくらい。
ということで、まずは、前章で突如砂浜に姿を表した扉の謎から。


前章は、こんな風に終わってました。

これはドアではない。
人の目だ。
狂気の沙汰と聞こえるかもしれないが、おれはいま、空を飛ぶ乗り物の内部を見ているのだ。しかもだれか他人の目を通して眺めているのだ。
では、だれの目だ?
ガンスリンガーにはわかっていた。自分は〈囚われ人〉の目を通して見ているのだ。

ガンスリンガーが〈囚われ人〉と呼ぶ人物の名は、「エディ・ディーン」といいます。そして、この「どこでもドア」は、どうやら彼の頭の中につながっているらしい。『マルコビッチの穴』みたいなもんでしょうか。彼の目を通して世界を眺め、彼の意識に語りかけることもできれば、乗物のようにその人物を操ることもできる。のちのちわかってきますが、品物をもとの世界に持ち帰ることもできるし、自身が実体化して扉の向こうの世界に行くこともできるようです。
ずいぶんと便利な扉ですが、扉の向こうに意識が行っている間、こちら側のガンスリンガーの肉体は魂の抜け殻のようになってしまいます。その間も、彼の肉体はロブスターの毒にやられどんどん衰弱していきます。このパートでは、このように様々なリミットが仕掛けられていて、切迫感があります。早く、早くなんとかしなきゃ!
さて、エディが住む世界は、現代のアメリカです。僕らには見慣れた景色でも、ガンスリンガーの目には、これがいちいち奇妙なものとして映る。例えば、馬が引かなくても動く車に驚いたり、「ツナ・サンド」って言葉が理解できず、「鮒産道」だと思い込んだりします。それにしても、このダジャレは、訳者の苦労がしのばれます。原書ではどうなってたんでしょう? その他にも、こんなシーンが面白かった。

〈囚われ人〉はどこかへ行って薬を入手した。それは自分で使用する薬ではなく、ガンスリンガーの毒に病んだ身体を治すものでもない。人々が大金を出して買い求める薬だ。禁制品であるがゆえに。〈囚われ人〉はそれを自分の兄に届ける予定だ。そして兄はバラザーという男にわたすことになっている。その見返りとして、バラザーがかれら兄弟の欲しがっている薬をわたすことで、この取り引きは成立する――が、そのためには、まず〈囚われ人〉は、ガンスリンガーには未知の儀式を完璧に遂行しなければならない(実にこの不可思議な世界には、ガンスリンガーの知らない儀式が数多くある)。そして、〈囚われ人〉がこれから行わなければならない儀式は、〈税関通過〉というらしい。

何故、「税関通過」が、重要な儀式のように感じられるのか? それは、エディが運び屋だからです。ここに出てくる薬は、もちろん麻薬。コカイン。しかも、エディ自身がずっぽり麻薬にハマってるジャンキーです。エディは、ドラッグに「囚われ」ているんですよ。それにしても、ローランドの行き先が、よりによってヤク中の頭の中ってのは、面白いです。もっと役に立ちそうな人物だったらいいのに、キングらしいひねりかた。これでもう、この作品は、お上品なファンタジーになりっこないということがわかります。僕としては、望むところですが。

エディは、ひと月前から腕に注射をするのはやめていた。(中略)どうしても注射を打たずにはいられないときは、左の睾丸が内股に触れるところにすることにしている

腕に注射跡を残さないためなんですが、なるほど、ここなら目立たない。それにしても、この品のなさ。品がないけど、リアルな表現です。こういうディテールに、僕はわくわくします。
もしくは、エディが税関相手に吐くこんな啖呵。

「実のところ、まだおれには弁護士はいない」エディは言った。それはほんとうだった。
「必要になるとは思っていなかったからな。でも、あんたらがおれの気を変えた。あんたらおれを調べてもなにも見つけられないぜ。おれはなにも持ってないからな。だけど、ロックンロールは止めらんねえ、そうだろ? あんたら、どうしてもおれを踊らせたいんだろ? 上等じゃねえか。踊ってやるよ。けど、おれひとりじゃまっぴらだ。あんたらにも踊ってもらうからな」

ビチビチと跳ね回る魚のような、イキのいいセリフ、楽しいですね。イヤッホーと言いたくなる。ここからもわかるように、エディはただのヤク中じゃないようです。けっこう頭が切れる。口も達者。いかめしいローランドよりも、チャーミングなキャラクターです。
次は、エディの兄、ドラッグで廃人寸前のヘンリーと、チンピラどもの雑学クイズのシーン。

「よし、問題は“ウィリアム・ブラッティの超有名な小説です。場所はワシントンDCのジョージタウン郊外の高級住宅地、そこで少女が悪魔に取り憑かれる物語です。では、その作品名は?”」
ジョニー・キャッシュだ」ヘンリーは答えた。
「いいかげんにしろ!」トリックス・ポスティーノが声を張り上げた。「おまえの答えはどれもそれだ! ジョニー・キャッシュ、そればっかしじゃねえか!」
ジョニー・キャッシュはすべてだ」ヘンリーは厳かな口調で答えた。一瞬、この一考に値する驚愕の答えに肌で感じられるほどの沈黙が舞い降りた……つづいて、部屋は爆笑の渦に包まれた。

クイズの答えは『エクソシスト』で、ジョニー・キャッシュは有名なカントリー歌手の名前です。つまり、答えになってないんだけど、「ジョニー・キャッシュはすべてだ」ってのは、なかなか含蓄がある。ただし、このセリフの主は頭のイカレたジャンキー。つまり、ただのたわごとかもしれないわけ。このあたりの、ゼツミョーなバランスがニクイですね。ちなみに、固有名詞を使って遊ぶってのも、キングお得意の技。
税関をやり過ごしたエディ=ローランドは、麻薬取引のボスのもとへと向かいます。このあたりからは、物語はどんどん加速していく。そのストーリーの面白さもさることながら、僕としては、ここにダダっと引用したような、ディテールに心が踊ります。溌剌とした語り口、悪趣味なジョーク、ひねりの効いた会話などなど。
ストーリーを追うのはここまでにしておきますが、最後にもう一度、クイズを。

「〈スーという名の少年〉や〈フォルサム・プリズン・ブルース〉といったヒット曲、その他数々のナンバーワン・ヒット曲を持つ人気カントリー&ウェスタン歌手は?」
(中略)
手にしたカードを読むふりをしながら、ジョージは続けた。
「この人気歌手は、〈黒衣の男〉としても知られている。ファーストネームは小便をしに行く場所と同じ意味で、ラストネームはニードル・フリークでもないかぎりだれでも財布に入れているものを意味する」

答えは、もちろん、「ジョニー・キャッシュ」! それにしても、黒衣の男が、こんなところにふいに出てくるなんて…。


このあと、「シャッフル」というパートがあります。ここでは、もとの世界へ戻ったガンスリンガーと無理矢理連れてこられたエディのやりとりが、断片的に綴られます。
いくつかポイントがありますが、最後に「カ」という概念が登場します。これ、キーワードっぽい。意味は、「義務とか運命、あるいはもっとかんたんに言えば、人が行かねばならぬ場所」のことだとか。「カ」に導かれて、ローランドは暗黒の塔を目指しているということですね。


ということで、今日は上巻ラストのここ(P331)まで。次は、下巻、「影の女」のパートへいきます。