『ダーク・タワー I ―ガンスリンガー―』スティーヴン・キング【4】


残りの2章を読み終えました。「第四章 スロー・ミュータント」「第五章 ガンスリンガーと黒衣の男」。ガンスリンガーの過去や、暗黒の塔が何なのか、この世界の成り立ちなんかが徐々に明らかになっていきます。


まずは、第四章から。
ガンスリンガーとジェイクは、黒衣の男を追って、洞窟へと入ってゆきます。この洞窟がえらく長い。延々暗闇の中を歩いていくことになる。やがて、線路を見つけ、そこにハンドカーがあることに気づきます。ハンドカーとは、ハンドルをギッコンバッタン押してこぐ線路上の車両のこと。それをこぎながら、二人は闇の中をさらに進んでゆきます。
暗闇で、周りに見るものが何もないとき、人はどうするか? そう、お喋りです。「もっと聞きたいんだ」とジェイクにせがまれ、ガンスリンガーの過去語りが、またしても始まります。マーテンという名を持つ黒衣の男が、ローランドの父から母親を寝取ったこと。そして、それに怒ったローランドが、一人前の男になろうと師コートを倒し、「ガンスリンガー」の称号を得たこと。
ガンスリンガーは、一人前の男になることと、ただ単に年をとって大人になることは違う、と言います。それに対する、ジェイクの答えは身を切るように辛辣なものでした。

「ようするに、それって駆け引きや策略やだましあいだらけのゲームだったんでしょ? いつだって大人はゲームをしなくっちゃいけないってことだよね? なにもかも、あらたなゲームのための言い訳でしかないってことでしょ? 人間って、成長するの、それともただ年を取るだけなの?」
「おまえにはわからないことがある」ガンスリンガーはじわじわわきあがってくる怒りを抑えながら言った。「まだ子どもなんだから」
「だよね。でも、ぼく、おじさんにとって自分がなんだか知ってるよ」
「なんだと言うんだ?」
「ポーカーのチップさ」

前章の予言を思い出しましょう。「少年は黒衣の男へ至る扉」。ゲームのためのコマ。ジェイクはとても聡明で勘の鋭い少年です。少年時代に一度死を迎え、そしてまた自分が死ぬ運命にあることを予感している。自分が大人になるまで生きられないということを知っている。そんな少年が、「大人になるってのは?」って考えてるとうのは、いたたまれないものがあります。
この章はこのように、お互いに愛しながらも非情な運命に向かう二人の、張りつめた心理が描かれます。ジェイクは、この先ガンスリンガーに殺されることを知りながら彼に着いてゆく。ガンスリンガーは、この先ジェイクを殺すことになると知りながら彼を様々な危機から守る。
例えば、この章のタイトルにもなっている「スロー・ミュータント」という化け物に襲われるシーン。スロー・ミュータントとは、かすかに光を発する緑色の生き物。吸盤のついた触手を持った異形のもの。ジェイクはガンスリンガーにすがり、ガンスリンガーは必死でジェイクを助ける。

ガンスリンガーはハンドルを漕ぐ手を放し、ふたたび銃をぬいた。やはりあわてたようすもなく、むしろかったるそうな動作だった。そして先頭のスロー・ミュータントの頭を撃ちぬいた。そいつはため息のような、すすり泣きのような音を立てて、ニタリと笑った。そして両手がハンドカーの床の上にグニャリと投げ出された。まるで魚のようだった。それも死んだ魚だ。指はさながら長いことぬかるみにつけておかれた手袋の指のようで、たがいにくっついていた。その死んだ魚のような手がジェイクの足を探りあててひっぱりはじめた。
(中略)
ガンスリンガーとスロー・ミュータントは、はげしく身もだえるジェイクの身体を綱として、寡黙で熾烈な綱引きを演じた。食卓で鳥の鎖骨を引き合って吉凶を占うように、スロー・ミュータントは少年をぐいと引っぱった。まちがいなく、やつらにとっての吉とは、食事にありつけるということだ。

「長いことぬかるみにつけておかれた手袋の指」ってのはイヤですね。ぬめりや臭いまで伝わってきそう。「食卓で鳥の鎖骨を引き合って吉凶を占うように」ってのも、不謹慎で悪趣味な喩えです。か細い少年が食卓のごちそうだというわけ。この手のイヤーな感じの描写は、キングにとってはお手ものもでしょう。


そして第五章。ついに、黒衣の男と二人きりになったガンスリンガーは、焚き火を囲んで黒衣の男と対決します。対決と言っても、銃を抜いて撃ち合うわけじゃありません。何をするのか? 西部劇で焚き火を囲むシーンといえばすることは一つ、「語り合い」ですね。

「ならば、ほんとうの話をしようか、おまえとおれとでな。もう嘘はたくさんだろ? それにグラマーもな?」
「おれはずっとほんとうのことを話してきたつもりだ。それにグラマーとはなんだ?」
黒衣の男はローランドがまったく答えなかったかのように一方的に話をつづけた。
「男同士、真実を打ち明けよう。友人としてではなく、等しい立場にあるもの同士として。めったにない機会だぞ、ローランド。対等な立場にある敵同士こそが真実を明かしあうのだ。おれはそう思ってる。友人たちや恋人同士は果てしなく嘘をつく。相手のことを気づかうあまりに。なんとくだらん!」
「よし、おれはくだらん人間ではないからな、これからはたがいに腹を割って話そうか」ガンスリンガーは、その夜、それまでさほど口数が多かったわけではない。「まず手はじめに、グラマーの意味をくわしく説明してもらおうか」
「魔法のことだ、ガンスリンガー! 我が王のまほうによって今夜は長引かせられ、おれたちの話し合いがつくまでまだまだ夜は明けることはない」
「どのくらいかかる」
「長く。それ以上のことは言えん。おれにもわからんのだから」

何て奇妙な対決。時間の流れの果てで繰り広げられる、長い長い語り合い。焚き火と煙草とどこまでも続く夜。黒衣の男は、ガンスリンガーの将来をタロットカードで占い、宇宙の成り立ちを夢に見せ、そして世界を司る「暗黒の塔」について語ります。黒衣の男は、ガンスリンガーにそのことを伝えるために遣わされた、「偉大なる王」のしもべにすぎないとか。
そして、長い夜が明けます。


ということで、『ガンスリンガー』は、ここでおしまい。
このシリーズ第1巻に関して言えば、登場人物たちが諸々について語り出すシーンが目につきます。「さあ、話してくれ」「どうしても知りたい」「覚えていること話してくれ」「もっと聞きたいんだ」「おれの話をききたいか?」「ならば、ほんとうの話をしようか」…。その他にも、夢、回想、予言などなど、たくさんの物語がこの小説の中に幾重にも折りたたまれているような印象を受ける。いくつもの宇宙の中心にあるのが「暗黒の塔」だと黒衣の男は言いますが、この小説もまた、いくつもの宇宙を内包しているように思えます。
とは言え、全7巻のプロローグといった感はいなめず、正直、これだけじゃ判断つきませんね。ホントに始まったばかりって感じで、まだまだ謎だらけ。キングは「前書き」でこの1巻目について、「ありていに言って、いささか読みづらい」と書いています。まあ、そこまで読みづらくはありませんが、基本的な作品世界の設定を説明するのに多くのページを割いていて、ちょっとかったるいと言えばかったるい。キング本来のストーリーテリングの巧さとこってりとした描写が出てくるのは、2巻以降となりそうです。
ひとまず、『ダーク・タワー I ―ガンスリンガー―』、読了です。