『ダーク・タワー I ―ガンスリンガー―』スティーヴン・キング【3】


ガンスリンガー」ってのは、ガンマンみたいなものだと思われますが、この小説で「ガンスリンガー」と呼ばれている主人公は、本名を「ローランド」というようです。
ということを踏まえて、「第二章 中間駅」〜「第三章 山中の神殿」です。


第二章は、ガンスリンガーの脳内にひびく童謡から幕を開けます。幼い頃母親に聞かされた歌。

スペインの雨は野に降る。
楽あれば苦ありといえども、
スペインの雨は野に降る。

これ、映画『マイ・フェア・レディ』にも出てくる歌ですよね、たぶん。日本語訳ではわかりませんが、英語で書くと「The rain in spain stays mainly in the plain…」っていう、言葉遊び歌。これ、「ヘイ・ジュード」同様、ガンスリンガーの世界が僕らの現実世界と、どこかしらつながっているということを感じさせる。ついでに、曲のセレクトにキングの茶目っ気みたいなものを感じて、ニヤリとさせられます。
さて、この章で、ガンスリンガーは、中間駅と呼ばれる砂漠にある駅馬車の中継地点で、ジェイクという少年に出会います。でもこの少年、自分の過去をあまり覚えていないようです。記憶が日々おぼろげになっていってるみたい。

「覚えていることを話してくれ」
「少ししかないよ。それだってもうわけがわからないものだけど」
「話せ。おれにはわかることがあるかもしれん」
少年はどこからはじめようかと考えた。かなり困難な作業だ。
「ある場所があった……ここに来る前のことだけど。たくさんの部屋と中庭があって、ものすごく高いところにある場所だよ。そこから同じように高い建物と水が見えた。水の中には像が立っていた」
「水の中の立像?」
「うん。女の人で冠をかぶっていて、片手に松明を掲げ、もう一方の手には……たぶん……本を持っていた」
「おまえ、話をでっちあげているのか?」

ガンスリンガーは、少年が何を言ってるのかさっぱり理解できないみたいですが、読んでる僕らは、この像をよく知ってますね。マンハッタンの自由の女神、でしょ。
整理しましょう。まず、ガンスリンガーの世界は西部開拓時代のように思えますが、どうもそうではないらしい。時代も場所も全く異なる別の世界。しかし、僕らが暮らす世界と関係がないわけではない。そして、ジェイクは、僕らが暮らす世界に属していたけど、どうやらいつの間にかガンスリンガーの世界に連れてこられたらしい。
さらに、ガンスリンガーによる催眠療法で聞き出したところ、ジェイクは前の世界で、黒衣の男に車道に突き飛ばされ、車にはねられて死んでしまったと語ります。自分の死の瞬間を事細かに描写するジェイク。

いまやジェイクの鼻、耳、目、肛門は出血している。睾丸は無残にもつぶれてしまった。ジェイクは腹立たしげに思う。こりゃあ、ひどく膝をすりむいちゃったかも。また、学校に遅刻してしまうだろうかとも思う。キャデラックを運転していた男がなにやら口走りながら駆け寄ってくる。どこかで落ち着き払った薄気味の悪い声、死を宣告する声が聞こえる。
「わたしは司祭です。さあ、通してください。悔い改めのお祈りを……」
ジェイクは黒衣を見て、不意に恐怖を覚える。あいつだ、黒衣の男。

そして、この男がジェイクを、ここ中間駅に連れてきたらしい。さあさあ、わからなくなってきました。この二つの世界の関係は、どうなってるんでしょう? 一方に現実世界があります。では、もう一方にあるのは? 死後の世界? 夢の世界? パラレルワールド? それとも、物語の世界? 今後の展開で明らかになっていくと思いますが、気になるところです。
他に、こんなシーンからもガンスリンガーの世界が見えてきます。

かれはポンプのコントロール・スイッチに近づいてボタンを押した。装置がうなりだした。三十秒ほどすると、パイプから冷たくてきれいな水が噴き出して床の排水溝に落下し、ふたたび地の底へと吸収された。およそ三ガロンほどの水をほとばしらせたのち、ポンプは最後にカチッと音を立ててひとりでに停止した。その機械装置は、この時代と場所においては、真実の愛と同じように縁もゆかりもない異なものだった。にもかかわらず、それは最後の審判のように確たるものとして眼前にある、まだ世界が変転していなかったころの無言の遺物だった。おそらく核燃料で作動しているのだろう。ここ一千マイル四方には電気はないし、乾電池ではこれほどの歳月もつわけがない。

中間駅にあったポンプの描写です。中間駅は「変転」後、使われなくなってしまったようですが、ポンプだけは活きている。「核燃料」という言葉に、ハッとします。魔道師が魔法を使う世界において、この単語は不似合いです。まるで核戦争後の世界みたいじゃないですか。人々がいなくなったあとも、核エネルギーで動き続ける機械…。ともあれ、ただのファンタジーじゃないな、って気がしてきますね。
ちなみに、「変転」というのも、この世界を示すキーワードのようです。変転のせいで、時間の流れ方がおかしくなってしまったというような説明がなされています。奇形の動物や広がる砂漠も、この変転のせいなんじゃないかな。まあ核戦争じゃ、時間の流れ方までは変わらないとは思いますが、かと言って具体的に何があったのかは、まだわかりません。
ついでに、この章では、ローランドがガンスリンガーになる前の過去を長々と回想するシーンがあります。城壁に囲まれた美しい街、ローランドの師コートの厳しい指導、友人カスバート、そしてガンスリガーだった父…。変転前の世界。それにしても、回想シーン、多いですね。ガンスリンガーは、何かというとすぐに、師コートや、かつての恋人スーザンのことを思い出します。このあたりは、大事なところなのかもしれませんが、断片的すぎてよく見えないので、ちょっとじれったい。
さて、ガンスリンガーは、ジェイクを連れ中間駅を出て、再び黒衣の男を追い始めます。ガンスリンガーの目的は、この黒衣の男から「暗黒の塔」の場所を聞き出すことだそうです。ようやく出ましたね、「ダーク・タワー」! 「塔」は、時間における一種の力の中心だとか。そして例の「変転」も、この「塔」に関係があるようです。
徐々に、黒衣の男との直接対決が近づいてきます。ちなみに、この世界は妖魔があちこちにいるようですが、山中の神殿に棲む妖魔は、ガンスリンガーにこんな予言をします。

三、それがあんたの運命の数字。
(中略)
少年は黒衣の男へ至る扉。黒衣の男は三へ至る扉。三は塔へ至る扉。
(中略)
愛することに生きて古代の遺跡にやってくる者がある……この悲しい邪悪な時代にあっても。一方で、人の血を流して生きている者がいる。ガンスリンガーのように。自覚しているが、子どもの血を流すことさえ辞さない。

いかにも意味ありげ。最後の部分は、黒衣の男のもとへたどり着いたらガンスリンガーはジェイクを殺す、ということを示唆しています。いや、まだそうと決まったわけじゃありませんが、予言はそう言っている。そして最悪なのは、ジェイクもそのことを薄々勘づいていること。いやだなあ。何も一回死んでる子供を、また殺さなくても…。悲劇の予感がぷんぷん漂ってきます。
ガンスリンガー」とは、目的のためにはある種の非情さも辞さない存在なのでしょう。「命が惜しければためらわず撃て」みたいな。非情の掟。マカロニウェスタンの論理。なるほど、『指輪物語』ミーツ『夕陽のガンマン』です。


ということで、今日はここ(P283)まで。小出しにされるキーワードや謎、そして今後の展開を示す予言…。引っぱりますね。