『ダーク・タワー I ―ガンスリンガー―』スティーヴン・キング【2】


では、扉に掲げられた、「19」「再開」という謎の言葉と共に、これから長い長いお話が始まります。
って書いた、昨日の続きから。


「第一章 ガンスリンガー」は、この本の2/3を占める長さの章ですが、早速読み終えました。さすがキング、するする読める。

黒衣の男は砂漠の彼方へ逃げ去り、そのあとをガンスリンガーが追っていた。
ふたりが追跡劇をくりひろげている舞台こそ、まさに砂漠の極致。無限に広がる空と競いあうかのように四方八方に広がっている。目を開けていられないほど真白く、もちろん一滴の水もない。見えるものといえば、地平線上に稜線を描いている山脈のぼんやりとかすんだ姿、および甘美な夢と悪夢、そして死をもたらす悪魔草(デヴィル・グラス)のみ。ときおり見かける墓石が道しるべ。アルカリ性の固い表土をなんとか切り拓いて造った昔日の坑道は、かつて街道として使用されていた。駅馬車や荷馬車が往来していたのである。そのも今は昔、世界は変転した。うつろと化していた。

冒頭です。あっさりとした出だしですが、この章で押さえておくべき基本事項はほとんど入ってますね。(ちなみに、引用部におけるルビは、ややこしいので特殊なもの意外は無視してます。以下の引用も同様です)
主人公は、「ガンスリンガー」と呼ばれる男。腰には父親から譲り受けた二丁拳銃を下げ、埃まみれのシャツを着た拳銃使い。彼は、「黒衣の男」と呼ばれる謎の人物を追って、砂漠を旅しています。この黒衣の男、不思議な力を操る魔道師だとか。ガンスリンガーは黒衣の男を倒そうとしているようですが、その理由は明らかにされていません。
黒衣の男は、このように描写されます。

男は牧師か修道僧のように見えた。砂埃まみれの黒い法服を着ていたからだ。ゆったりとした頭巾が頭を覆って容貌を隠していたが、身の毛のよだつ薄笑いだけは見えた。黒衣が風に打ちはためいていた。その法服の裾から、爪先が四角くて留め金の付いたいかめしいブーツがのぞいていた。

邪悪な雰囲気を描くと、キングは冴えますね。法服の裾からのぞくブーツ。冒涜的ってのは言い過ぎですが、これだけで、何か不穏なものを感じさせます。
舞台は、西部開拓時代のアメリカを思わせる世界です。馬を交通手段として使い、タンブルウィードが転がり、酒場の入り口は自在扉で、時折起こる砂嵐。このシリーズは、異世界ファンタジーとのことですが、この章ではあまり異世界っぽさは感じられません。悪魔草なんて草も出てきますが、これだってマリファナの一種のように思えなくもない。要するに、ちょっと風変わりな西部劇としても読める。
ただし、口にされる地名や種族の名前などの固有名詞を通して、ここは現実世界と違うんだということが、ちらちらとほのめかされます。ケフ、マンニ、カ、青い天国、内世界、中間世界、汚れなき海などなど。これらの語が何の説明もなく登場する。そもそも、「ガンスリンガー」が何なのかすら、はっきりとは語られていませんからね。まあ、おいおい見えてくるのを待ちましょう。
その他に、こんなほのめかしもありました。

ガンスリンガーバーテンダーの女に近づいて言った。
「肉料理はあるか?」
「もちろん」女はガンスリンガーの目を見て答えた。(中略)「安全なビーフ。純血種。でも、値がはるわよ」
純血種だと、嘘つけ。ガンスリンガーは思った。どうせ冷凍室にあるのは、三つ目か六本足、あるいはそのどちらをもそなえた代物だ――おおかたそんなとこだろう、御婦人。

奇形の獣が当たり前のようにいる世界なんでしょうか? さらに別のシーンでは、「このあたりじゃあ、時間は奇妙なぐあいになってるからな」なんてセリフもあります。この世界では、何か、いろんなものがねじれているんじゃないかな。あるべき場所にあるべきものがない、といった感じ。まあこれも、会話に出てくるだけなので、実際のところはよくわかりません。早くそのねじれっぷりを見たいもんです。
もうひとつ、ほのめかされるのが、ガンスリンガーの過去。コート、スーザンといった名前の人物について、ガンスリンガーは思いを巡らせます。ただし現段階では、名前だけの登場。これらの人物のエピソードも、のちのち語られることになるんでしょう。
この章のメインとなるエピソードは、タルという町での出来事です。この町に黒衣の男がどのような影響をもたらしたのか。そしてその後にここを訪れたガンスリンガーの身に何が起きたのか。
ガンスリンガーが、タルの町に到着するシーンは印象的です。

町に入ると、少々酔いのまわったおどけた歌声が聞こえてきた。『ヘイ・ジュード』の最後の何度もくりかえされるコーラスの箇所だ。「ナーナーナー、ナナナーナ……ヘイ・ジュード……」どうにも陰にこもった歌声だった。まるで、腐った木のうろに吹きこんだ風の音のようだ。ホンキートンク・ピアノの単調なたたくような音がなければ、黒衣の男が見捨てられた町に住まわせるために亡霊を呼び起こしたのではないかと、本気で考えてしまうところだ。

え、ビートルズ? これは不意打ちでした。異世界であるにもかかわらず、こっち側の曲が登場する。西部劇にビートルズという不似合いさもさることながら、延々続く「♪ナナナーナ」を亡霊の歌声にしちゃうっていう、キングの悪趣味さがいいです。不気味な曲を使うよりも、イヤーな感じ。「法服にブーツ」に似た不穏さですね。
ところで、このタルでのエピソードは、かなり回りくどい形で語られます。
まず、砂漠で眠るガンスリンガーが夢を見ます。夢の中で、彼はこの砂漠に入る直前に立ち寄った小屋での出来事を思い出している。ガンスリンガーは、その小屋に棲むブラウンという男に、ここへ来る前に立ち寄ったタルでの出来事を語ります。ガンスリンガーがタルに着いたときは、すでに黒衣の男が立ち去ったあとでした。そこで、ガンスリンガーは酒場の女から、黒衣の男が何をしていったのかを聞き出します。
つまり、「語り」が入れ子状にいくつも連なり、過去へ遡っていくという構成になってるんですよ。砂漠で見た夢>小屋の男との会話>タルの酒場女の話>黒衣の男、というように、なかなか本題にたどり着かない。この仕掛け、何か意味がありそうな気がするんですが…。
意味ありげといえば、「死」について知るための鍵となる言葉というのが出てきます。その言葉とは、「十九」、数字です。何それ? と思ったところで、本編の扉に「19」「再開」という言葉が掲げられていたことを思い出します。いかにも意味ありげで、謎めいている。まだまだ最初ということでわからないことだらけのこの章ですが、中でも一番の謎は、この「19」かも。


ということで、今日はここ(P150)まで。150ページ読んでも、まだほんのさわりといった感じです。