『どんがらがん』アヴラム・デイヴィッドスン【3】


今回読んだ短編は、短い中にぎゅぎゅっと深い世界が詰まっていて、面白かったです。どれも僕好み。


「尾をつながれた王族」

彼はみんなのところへ水を運んできた。ひとりずつ順々に。
「この水はおいしいわ、一つ目」お母様のひとりがいった。「とてもおいしい」
「わたしたちに水を運んできてくれるものはおおぜいいる」と、べつのお母様がいった。「でも、おまえの水がいちばんおいしい」
「それはこの子の息がかぐわしいからよ」と、またべつのお母様がいった。
その場を去りかけた一つ目は、ちょっと足をとめた。お父様のひとりがいった。「おまえにいいことを教えてやろう。わたしたち以外のだれも知らないことをな。いまからそうっとこの子の耳にささやいてやるだけさ。いいだろう?」
片隅で見張りが身じろぎをした。

いきなり、何だかわからない世界に放り込まれます。お母様って何人いるんだ? 一つ目って何者だ? お父様が教えようとしているいいことって何だ? 見張りは何を見張ってるんだ? 頭の中がクエスチョンマークだらけ。
デイヴィッドスンが異世界ファンタジーを描くと、こうなるんでしょうね。背景をはっきり描かず、小出しにしていく。というわけで、のちのちこの世界の仕組みは何となくわかってきます。このじらしは、クセになりそうです。
とはいうものの、このお話、結局のところは何だかすっきりしません。「この世界では空は青くて、地面は茶色いんだよ」って言われてるようなもんで、つまりは「そういう風にできている」ということしかわからないんですよ。やがて一つ目は、この世界の秘密を知ることになります。しかし、お話の外にいる僕らから見れば、秘密がわかったところで異様な世界なわけです。どう転んでも、結局は「妙な話」。


サシェヴラル」
殊能将之の解説によれば、「わざとわかりにくく書いてあるシリーズ」の代表作だとか。これは、すごく面白かったです。ジョージと、鎖につながれたサシェヴラルのお話。「でも、サシェヴラルって何者?」ってのが、この作品のキーになる謎です。

影の中でごそごそと音がして、それから歯をカチカチさせるかすかな音が聞こえ、それからかぼそい小さな声が、ためらいがちにこう言った。「きみもとっても寒いんだろうな、ジョージ……」返事がない。「だってぼくもとっても寒いんだから……」声は消えていった。しばらくしてからまた、「まだ眠っているぞ。人間には休息が必要だからな。そりゃつらいだろう……」その声は何かに耳をすましているようで、何も聞こえないようだった。

喋っているのは、サシェヴラルなんですが、「人間には」って言い方はちょっと変ですね。まるで自分は人間じゃないみたい。続けて、こんなことも言っています。

またほんのわずかだけ歯を鳴らす音がして、それから声が言った。「やあ、プリンセス。ようこそ、マダム。それに将軍も――あなたに会えるなんてほんとに嬉しいよ。みんなをお茶の会に招きたいなあ。最高のミニチュア・ティーセットを用意するよ。もっと強いのが飲みたかったら、きっと教授が――」声がためらい、また続けた。「食器棚の上にあるボトルに酒をちょっぴり残してるはずさ。さあ座って」

このひとりごとから、ちょっとフツーじゃない雰囲気がプンプン漂ってきますね。プリンセスにマダムに将軍に教授、何だか書き割りの中の人物のようです。それに、「ミニチュア」のティーセットって…。
例のごとく、謎めいた冒頭から、徐々に背景が浮かび上がってくる仕掛けになっていますが、サシェヴラルの正体はわからないまま物語は進んでいきます。そのせいで、いつまでたっても全体が見通せない。どことなく不気味な雰囲気が漂い、薄気味悪いんですよ。暗がりで声がするシーンから始まるわけですが、その影がずーっとつきまっているかのようです。
そしてラスト。サシェヴラルの正体について、二つの解釈ができるようになっています。これ、どっちをとっても、かなりゾクっとする結末なんですが、ひねりが多い解釈のほうが話のオチとしては面白いかな。ただし、それも一つの解釈に過ぎないわけで、結末がはっきりしないため、この小説の不気味さはいつまでも残ります。そーゆーところが、ニクいのよ。


「眺めのいい静かな部屋」
養老院を舞台にした作品。相変わらず、話の中心がどこにあるのかなかなかわからないし、枝葉と思えた部分がさりげない伏線になってたりします。
主人公の老人が、不眠に悩まされるシーンから始まります。養老院では、夜は寝るしかない。なのに眠れないわけです。では、昼間は何をしているのか。お喋り、ですね。この作品の読みどころは、老人たちの会話から見えてくる、養老院での複雑な人間関係でしょう。そこから浮かび上がってくるのは、この場所では、会話の主導権を握ることが、いかに重要かということです。だって、それくらいしかすることがないんだから。
結末で、ひとつのアイテムから老人の人生がパーッと見えてくるあたりは、鮮やかです。皮肉なオチは、ブラックユーモアともとれますが、登場人物が老人たちだと思うと苦味が増しますね。


ということで、今日はここ(P172)まで。デイヴィッドスン、読んでいる最中は確かにわかりづらいんですが、結末から遡って世界が見えてくる快感は、なかなかのものです。