『酒国』莫言 【6】


「第四章」、まずは、「丁パート」です。
二日酔いで目覚めた丁鈎児(ティン・コウアル)は、街をぶらつきます。そしてそこで、第一章に登場したトラックの女性運転手と再会し、そのトラックに乗せてもらうことになる。
この章は、物語的にはあまり展開がないんですが、奇妙な料理がいっぱい出てきます。酒国では、どうもありとあらゆるものが食べられるらしい。ラバの蹄やコオロギを食材にするエピソードが出てきますが、中でも「特殊食料栽培センター」によるビデオで紹介される「絶世の珍品――鶏頭米」にはびっくりしました。

オートメーション食肉解体ラインである。次々とニワトリの首が一糸乱れず切り落とされていく。(中略)美しい女性たちが髪をすっぽりと白い作業帽の内に包み胸にはエプロンをつけ手にはピンセットを持って一粒ずつの籾(もみ)をニワトリの首に植えている。この女性たちと同じような姿で同じように美しい女性たちが籾を植えたニワトリの首を一つずつ真っ赤な鉢に植えている。画面が一転すると、鉢から稲の苗が出ている。幾十もの散水機が苗に向かって水を注ぐ。画面が一転すると、稲が穂を出している。さらに画面が一転二転すると、ついには血のような色をして透き通り、玉のように輝くご飯がお椀に盛られ、花束に飾られたテーブルの上で盛んに湯気を立てているのである。

ニワトリ首で栽培された米とは、また面妖な。何てことを考えつくんでしょう? 中国の食文化の深さは、底なしです。血のように赤いご飯…。いやだなあ。ありそうだけどなさそうな、キワキワのうさん臭さ。まあ、熊の手やフカひれや燕の巣だって、十分奇怪ですけど。


このあと「李パート」「莫パート」を挟んで、「小説パート」と続きます。今回の小説のタイトルは、「ロバ街」。酒国市にある、ロバを屠畜する街の名前だそうです。
まずは語り手に案内され、ロバ街めぐりをするところから始まるんですが、これがまあロバづくし。

道中を楽しみながら、ゆっくり行くことにしよう。ロバ街は長さ一キロ、ロバ肉屋が両脇に並んでいる。レストランに飲み屋は九十軒、どこもロバ料理を出す。次々と新しいメニューが登場し、名物料理の仲間に加わって、ロバ料理の神髄はここで集大成されるのである。ロバ街で九十軒を食べ尽した人は一生ロバを食べずとも済む。そしてロバ街を食べ尽した人だけが胸を叩いて、俺はロバを食べたぞ、と言えるのだ。

数百年来、わがロバ街はどれほどのロバの命を絶ってきたか、計算のしようもないが、わがロバ街には昼となく夜となくロバの幽霊が群れをなしてさまよっており、わがロバ街の敷石一枚一枚にロバの血が染み込んでおり、わがロバ街の一木一草にもロバの魂が籠もっており、わがロバ街のあらゆる便所にロバの霊魂がうごめいており、ロバ街を訪れたあらゆる人は多少なりともロバの気を受けているといえよう。

ロバロバうるさいこと。一つの文章にどんだけ「ロバ」が出てくるんだ? この過剰さは、まさにロバの饗宴。読んでるだけで、お腹いっぱい。何せ、90軒分ですから。
さてここで、李くんの小説に新たなキャラクターが登場します。莫言先生も多いに興味をそそられたという、余一尺(ユイ・イーチー)という小人。ロバ街で「一尺酒楼」という店を経営し実業家としてかなり成功した人物で、いきなり、「わしは酒国中の美女とオマンコするのだ!」と叫んだりします。どうにもこうにも生臭い。欲望にまみれた、怪人物といったところでしょうか。何となく、裏社会とも通じてそうなキャラです。
このあと、彼の店の様々なロバ料理が紹介されますが、中でも「龍鳳吉祥」という料理は強烈。その材料は、ロバの性器だとか。ロバの精力並みにこってりがっつりした描写が続くロバづくしの締めくくりが、これですか? 


この章では、さらにこのあと再び「李パート」があります。そこで、李くんは、小説に登場する「龍鳳吉祥」の調理方法について注釈を加えていますので、それも引用しておきましょう。

ロバのオチンチンとオマンコを一緒にして皿に置きますと、どす黒く見た目も悪く、当然美的ではないので、箸を出す人はいないでしょう。しかし一尺酒楼の上級コックは、この二物を清水に三度漬け、血の中に三度浸し、ソーダ水で三度茹(ゆ)で、その後、筋と毛とを除去し、鍋で炒めて餡掛けにし、土鍋で煮、高圧釜で一度蒸し、さらに包丁で細かい模様を施し、貴重な調味料を加え、色鮮やかな野菜を添えますので、雄ロバは黒龍と変わり、雌ロバは黒い鳳凰と変わり、一龍一鳳が、口を合わせて交尾すると、絡み合った紅紫の姿は香気を漂わせて生きているかの如く、眼と心を楽しませてくれるのです。これこそ、醜を美に転じることではございませんか。

これは、料理の話ですが、李くんは自分の小説もまた、「醜を美に転じる」ものだと言いたげです。ありそでなさそな料理が出てくる、ありそでなさそな物語。読んでるだけで、ちょっと胸ヤケ。


ということで、今日はここ(P133)まで。奇っ怪料理天国、まだまだ続きます。