『童話・そよそよ族伝説 (1)うつぼ舟』別役実 【2】


さあ、「三 おおうみ」の章です。だんだん異世界ファンタジーっぽい雰囲気になってきます。

舟はその時ようやく、虎姫岬前の葦の群生地をぬけて、大沼から、見わたすかぎりの水面をたたえるおおうみへ、ゆったりと滑り出しました。小さく寄せる波が舟端をたたいて、皮舟が一瞬ぐらりと傾きます。アミはいつでも、この瞬間が好きでした。その時、大沼とは比べようもない膨大な水の量をずしんと感じて、アミはその大きさと広さを、身体全体でたしかめたような気がするのでした。

「水の量をずしんと感じ」る、って表現は、実感があっていいですね。自分の暮らしている世界から外へ出ていく期待と不安。
旅に出たのは、知恵者ツモリ老人、漕ぎ手のアミ、そしてこっそり舟にもぐり込んだアミの友人サトの3人。「おおうみ」へ出て、「ふせの泊(とまり)」という集落へ行き、さらに「ひい川」を下って、「施療院島」へ。そこに棲む、「ひきのうんばあ」という婆さんに会ううというのが、旅の目的です。
さて、前回、「お前さんたちはいったい、誰なんだ?」と訊かれた村人たちは、みんな口ごもってしまいました。でも、実は彼らは自分たちが何者なのか知っていたと、ツモリ老人はアミに語ります。

「それじゃ、なぜあの時、答えなかったんです……?」
「あぶないからさ……」
「あぶない……?」
ツモリ老人は、あいかわらず向うをむいたまま、言いました。
「私たちは昔から、濃い霧の中では名乗りをあげるな、と教えられてきた。それが誰かということがわかったら、すぐそばにいる敵に、襲われるかもしれないからだよ」

つまり、彼らは皆、濃い霧の中にいるようなものだというわけです。歴史が伝説の中に隠された、不確かでとらえどころのない世界。未知の世界に乗り出したアミには、この先、その世界の謎が見えてくるんでしょうか?


この後「四 ふせの泊」の章、「五 ひい川」の章と、物語はどんどん進んでいきます。
浮島に残る里程標、元力士のクロコマ、ぶよぶよとした白いクラゲのようなアヤト老人、麻紐で織った帯状の川の地図、施療院島の病人たちなどなど、魅力的なエピソードが語られます。面白い。面白いけど、それがこの物語にどう絡んでくるのか、よくわからないんですよ。意味ありげであり、意味なさげ。どうにもつかみどころがない。
ストーリーは明確です。老人と少年たちが旅に出る。難しいところは何もない。でも、ここまで旅を続けてきても、世界は一向に確実な像を結びません。ここがどんなところなのか、今もって曖昧なままです。何かが隠されている気配は感じるんですが、それが何なのかはさっぱりわからない。
そして、「五 ひい川」の章のおしまいに、アミの隠された力が明らかになります。

アミは、ツモリ老人に言われてはじめて、その時聞いた声にならない声が、めくらことばであることを思い出していました。
「今、そこで、めくらことばを聞いたんです……」
「そうか……」
老人はあらためて不思議そうにアミを眺め、それから急に力が抜けたようにその場に坐りこんで、言いました。
「お前は、めくらことばが使えるのか……」

ああ、わかりません。何ですか? 「めくらことば」って…。


ということで、今日はここ(P89)まで。アミがめくらことばのことを、これまで忘れていたってのは、ちょっと気になりますね。