『童話・そよそよ族伝説 (1)うつぼ舟』別役実 【1】


童話・そよそよ族伝説〈1〉うつぼ舟
今回は、日本の小説。
『童話・そよそよ族伝説 (1)うつぼ舟』別役実
です。

別役実の書くものは、戯曲もエッセイも面白いんですが、童話作品も独特の味わいがあっていいんですよ。この「そよそよ族伝説」シリーズは、1『うつぼ舟』、2『あまんじゃく』、3『浮島の都』の長編3部作になっています。これまで別役童話は短編しか読んだことなかったんですが、じっくり「そよそよ族」の世界に浸ってみようかと。
ということで、まずは、1巻目の『うつぼ舟』から読んでいきたいと思います。スズキコージの絵も、なかなかいい感じ。地図や登場人物一覧も付いていて、ちょっとわくわくします。


ではいきましょう。
「一 黒い塔」の章から、物語はゆったりと始まります。

日が暮れようとしておりました。あたり一面の葦原を分けてときどき風が吹きぬけてゆき、そのたびに黒ずんだ葦の葉が、ざわざわと舟端をこすります。
「どうだい、まだ虎姫山の黒い塔は見えてこないかい?」
沼舟の艫(とも)で竿をさしているユツ爺さんが、舳先で水路を見守るアミに声をかけました。
「もうすぐじゃないかな。大沼の水の匂いがしてきたからね」

冒頭の一節。この段階では、まだ作品世界の全貌がよくわかりませんが、「虎姫山の黒い塔」とか「大沼」とか気になる地名が出てきて、いきなり知らない世界に放り込まれます。
ユツ爺さんとアミ少年は、沼の葦原を舟で移動しているところです。このあたり一帯は沼沢地になっていて、それぞれ大沼、赤沼、西沼などのいくつかの沼に分かれている。二人はその「赤沼のぬまべの村」の住人のようです。いいですね。櫓と竿を駆使して舟を操り、迷路のような葦の沼を抜けていく、沼の民。
このあとしばらく語られるこの舟の上での会話から、この世界の背景がおぼろげに見えてきます。最近、誰も住んでいないはずの「黒い塔」から煙が上がっていた、「葛城のからす使い」に追われて「白い聖人たち」が「東街道」から流れ込んできた、などなど。うーん、なかなかこの世界の地理や歴史が頭に入っていきませんが、おいおいわかっていくんでしょう。付録の地図をたどりながら、読んでいくのもいいかもしれません。
さて、この章の後半で、ユツ爺さんとアミは、沼で羽毛に包まれた大きな卵のようなものを見つけます。その中では、目をつむった青白い肌の女が、生まれたばかりの赤ん坊を抱き子守唄らしきものをつぶやいていました。
いったい、この卵の正体は何なのか? まだ何がどうなるのかさっぱり見えませんが、ここから物語は転がり出していくんでしょう。


ということで、「二 大沼」の章。
ぬまべの村では、二人が持ち帰った卵状のものの話題で持ちきりです。女も子供も今にも死にそうに弱っているようですが、果たしてどうしたものか。話を聞きつけた大沼周辺の「かわべの村」、「はるべの村」の者たちも集まってきます。
智恵の洞窟に棲むツモリ老人によれば、これは「うつぼ舟」だとか。王朝の血を引く女が他の王朝の男の子供を宿したとき、女を乗せて「夜見の国」に流すという、言い伝えがあり、その舟がうつぼ舟だそうです。
ここで、一つ問題が持ち上がります。うつぼ舟を流した王朝は、それがどこにたどり着くかを見張ってるというのです。そして、それを受け取った種族がどこかの王朝につながる者だったら、うつぼ舟もろともその種族を根絶やしにするかもしれないと。

「私たちはひとまず、私たちが誰なのかということを、知らなければいけないというわけだな……」
サタ爺さんが低くつぶやいて、それはなぜか、ひどく無気味に聞こえました。
「そうだ。まず、お前さんたちは誰なのかということを、知らなければならない。さらに、その上で、あの女がどの王朝のものか、あの女に子を生ませた男がどの王朝のものかを知らなければならない。そうでないかぎり、私たちがあのうつぼ舟を受け取っていいものか悪いものか、誰にも決められないんだ……。さあ、どうなんだね、お前さんたちはいったい、誰なんだ……?」
ツモリ老人の目はやさしく、その声もやわらかく響きましたが、とたんにミツ爺さんも、サタ爺さんも、そしてクマも、顔をこわばらせて、黙ってしまいました。

さあ、面白くなってきました。どうやら、この大沼あたりに棲む人々は、自分たちが何者なのかわからないようなのです。「ぬまべ」という、足場の不確かな土地に棲み、ひっそりと暮らしているルーツのない種族。それが、うつぼ舟という伝説の漂泊物により、脅かされているのです。
ツモリ老人は、これら諸々を調べるため、アミを連れ旅に出ると言います。

「もちろんなにをどう調べればいいのか、はっきりわかっているわけではないんだが……、それはきっと、大氏、葛城、天ノ原と、王朝が三代かわって、私たちの知っていることがそれぞればらばらにされてしまったせいだ……。(中略)私たちは今それを、ひとつの力としての智恵に、まとめあげなければいけない……」

王朝による文化の分断…。背後に大きな謎がありそうな予感がしてきました。


ということで、今日はここ(P36)まで。旅がいよいよ始まります。