『奴婢訓』スウィフト 【4】


「細則篇」の「第六章 家屋並びに土地管理人」「第七章 玄関番」。
最初に断るのを忘れてましたが、この作品、未完です。なので、この2つの章は創作メモと思しき数行の断片があるだけです。「玄関番」のほうは、ちょっと面白いんですが、たった3行なのではしょります。


「第八章 小間使」。
ここからは、女の召使いについての話になります。まず、お部屋を整える小間使。

奥様のお床をこしらえるのに好きな従僕に手伝ってもらう。若夫婦の主人だと、従僕と二人で夜具をひっくりかえしている時、世にもめずらしいものが見られることがある。それをひそひそ話で触れまわると、家中の者が面白がり、近所にまで広まる。

家政婦は見た、ですね。お屋敷の秘密を一番よく知ってるのは、やっぱり召使いたちでしょう。むふふ。


「第九章 腰元」。

この勤めの楽しみと儲けを邪魔するような事が二つ起きて来た。一つは、奥様方が、古着を陶器と交換したり、安楽椅子の覆いにしたり、衝立、腰掛、クッションなどの補綴(つぎはぎ)に使ったりする厭な習慣が生じたこと。も一つは、鍵付の小箱や鞄が発明され、奥様方がそれにお茶と砂糖を貯(しま)うようになったことで、これでは腰元は生きて行けぬ。

いきなり、こう来ましたか。これまでさんざんちょろまかしの方法を伝授してきたこの本ですが、それもままならないとなったら、腰元はどうすればいいんでしょう?
旦那様に付くのが従僕なら、奥様に付くのが腰元。奥様の身の回りの世話をする役回りのようです。だから、かなり踏み込んだところまで入っていくことになる。そこで、ちょっかいを出す旦那様から金をせびり取り、お嬢様への恋の橋渡しをするふりをして金をせしめ、奥様の逢引の手伝いをしては金を頂戴するなどが、役得を得る新たな手段として挙げられます。

一番気前好くお金を呉れる人たちのために第一に骨を折ってあげることはいうまでもない。

腰元は、色恋に敏感な若い女として描かれています。このあたりも、「従僕」とちょっと似ています。そして、金金金、色事はすべて金に結びつく。
ちなみに、この章には、腰元から見た「従僕」の印象も書かれていました。

お仕着(しきせ)を脱いだ途端に、自惚れやで気難しいのが普通だから。それに、士官になり損(そこ)ねたり、税関の役人の地位にありつけないと、追剥稼業の外に手がない。

「税関の役人」…、ずいぶんこだわりますね。


「第十章 女中」。
雑用係といったところでしょう。掃除やら奥様のおまるの処理なんかもします。しつこいようですが、おまるで用を足していたらしいですよ、当時は。ただ、どうやら庭でするという方法もあったみたいです。

気位ばかり高くてなまけものの奥様方にはほんとに困ったもの。薔薇を摘みにとお庭へ出るのを面倒臭がって、いやらしい道具を、時によると寝室まで、少なくとも隣りの暗い小部屋へ持込んで、御用を足すのにお使いなさる。その臭いと来たら、部屋だけでなく奥様方の御衣装まで、近づく者に不快な思いをさせる。その入れ物を運び出す役目は、普通、女中さん。その女中さんにおすすめする。このいやらしい習慣をやめさせるためには、その道具を公然と表階段から従僕の見ている前を運び、お客様があったら、そいつを両手にかかえたまま玄関の扉を開けてやることだ。

何つういやがらせでしょう。やっぱり、この家の客にはなりたくないもんです。
かと思うと、奥様のおまるを洗わない言い訳として、こんなことも書かれています。

それに、尿の臭いは、前にもいったが、ヒステリイの妙薬である、そして十中八九の奥様がこの御病気をお持ちだろう。

その臭いを、「近づく者に不快な思いをさせる」って言った舌の根も乾かないうちに、これです。当時は、どんだけ臭かったんだろうと思いますね。映画なんかではまず描かれない、「臭うロンドン」がここにあります。


以下、「乳搾り女」「子供付きの女中」「乳母」「洗濯女」「女中頭」「家庭教師」と続きますが、すべて創作メモの域を出ていません。なので、「細則」に関しては、これでおしまいです。
このあと、『スウィフト全集』の編纂者が『奴婢訓』に付け加えた、「宿屋における召使のつとめ」というパートがあります。これは、ごくまっとうに「召使のすべきこと」を書いたものです。『奴婢訓』のようなアイロニーはないので、さほど面白くはありませんが、併録することにより、『奴婢訓』の皮肉がより際立ってくる仕掛けになっています。


ということで、今日はここ(P96)まで。『奴婢訓』はこれでおしまいですが、この文庫にはもう1編エッセイが収められています。これは、次回やりましょう。