『天の声・枯草熱』スタニスワフ・レム 【13】

『枯草熱』、「ローマ―パリ」の章にいきます。

午前八時、わたしはランディに会いに出かけた。気分は悪くない。一日をプリマジンの服用で始めたおかげで、乾燥した酷暑にもかかわらず、鼻がむずむずすることもなかったからだ。

おお、無事だったわけですね。まあ、ここで語り手が死んじゃったら物語が終わっちゃうので、無事だとは思ってましたが。「プリマジン」ってのは、花粉症の薬です。確かに、花粉症が抑えられるだけで気分ってのは変わるもんです。ということで、この章では、以後、花粉症の描写は出てきません。
もうひとつ、ランディという人物が、「わたし」の味方であることがわかります。「わたし」は、アメリカのある極秘の任務によりミラノからローマへ、そしてパリへと移動しているようです。そして、ランディもその任務に参加しているのです。


「わたし」は、ローマの新空港へ向かいます。この空港は、様々なトラブルに対処できるよう作られており、その構造から〈ラビリンス〉と呼ばれています。

高い所から見れば太鼓に似た建物の中は、エスカレーターや歩道が網の目のようにはりめぐらされ、それらが慎重に人びとをふるいにかけている。

そうそう、このシステマティックな構造の美しさが空港の魅力。ガラスと金属でできた直線の世界。実は僕、空港好きなんですが、迷路のような空港を思い浮かべるとわくわくします。

通路の回転ドアのすぐ向こうでエスカレーターが動いていた。やけに狭いエスカレーターなので、一列に並んで乗らなければならなかった。(中略)このエスカレーターはすぐ上に着いてしまい、着くと、それがそのまま白熱灯(グロー・ランプ)の洪水の中でロビーの頭上を走る歩道に変わる。にもかかわらずロビーの底は闇に隠れて見ることはできない。(中略)「溜息の橋」を過ぎたあたりで、歩道は向きを変え、ふたたびエスカレーターになり、かなり急激に上に昇って行く。このときにも同じロビーを通り越すのだが、それとわかるのは、ただ透かし細工の仕切り天井からである。輸送装置(トランスポーター)はすべて、両側を神話の場面の描かれたアルミ板にはさまれているからだ。

なるほど、ラビリンスです。今どこにいて、その歩道がどこに向かっているのか、自分の位置から全体像が見えないような構造になっているわけです。
そして、「わたし」は、この歩道で、爆弾事件に巻き込まれます。後ろにいた日本人の男が、手榴弾を爆発させたのです。
いよいよ、事件らしい事件が起きました。偶然にも命は助かったものの、空港は大騒ぎ。「わたし」も尋問されることになります。

「あの男は間違いなく死ぬつもりだったと、あなたは断言できますか?」
「死ぬつもりだったかって? そのとおりですよ。助かろうとはしませんでしたからね」
(中略)
「くどいようですが、事件の状況をはっきりさせることが、われわれにはきわめて重要なのです。わけは、おわかりでしょう!」
「確実な死を覚悟した者が連中の中にいるかどうかが問題なのでしょう」

あらら、これは、自爆テロじゃないですか! 結局、どんなにセキュリティを強化しても、自爆テロから身を守ることは不可能なんじゃないかという気がしてきます。この小説が書かれたのは1976年ですが、21世紀になった現在でも、このあたりの状況はまったく変わってません。


で、このあとの展開がちょっと妙なのですが、主人公は、アメリカ大使の協力により小型機でこの空港を飛び立ちます。え、テロはもういいの? この章をたっぷり使って描かれた空港での事件は、あっさり置き去りにされてしまう。いや、このあとの展開に絡んでくるのかもしれませんが、どうなんでしょう? 「わたし」は、そんなことで自分の任務が足止めされるわけにはいかないと言わんばかりに、急いでパリを目指します。
前章でも、「わたし」は、商業展示館で少女がいきなり倒れたという場面に出くわしながら、何もせずにその場を立ち去っています。この人は、何をそんなに急いでるんでしょう? 彼の任務とはいったい何なんでしょう?


ということで、今日はここ(P270)まで。さらば、空港。次はパリです。