『天の声・枯草熱』スタニスワフ・レム 【8】

わ、わ、大変なことになりました。教授が犯罪を!?


ですがその前に、10章からいきます。

7章で言及されている「蛙の卵」「蝿の王」。どちらも同じものらしいのですが、実際どういうものかは読んでもよくわかりませんでした。それが、この章でようやく描写されます。もうすっかり慣れましたが、この手記では、こうやってチラっと言及されたものが次にきちんと解説されるまで、ずいぶんと待たされることになっています。
で、「蛙の卵」「蝿の王」の正体も面白いんですが、それよりも教授が熱心に語っているのは、それを見学するための妙に儀式めいた手続きのことです。

まず最初に、前に引用した磁気テープに吹きこまれた簡単な講義を聞かされ、そのあと二分間、地下鉄で旅をして合成化学部の建物へ連れていかれ、そこで広い個室の中にそびえている透明な二層のカバーをかぶせたものを見せられた。それは、アトラントザウルスくらいの大きさに拡大したミジンコの骨格のような、三メートルはある〈蛙の卵〉の一個の分子の模型であった。

二人の人間に付き添われて〈蝿の卵〉のところへおりていった――小男のグロチウスが案内役だった。(中略)でかける前にさらにもう一度、保護服の気密状態の点検がおこなわれた。これは極めて単純な方法で、保護服にところどころ大気圧より若干気圧が高くしてある部分があり、そこへろうそくの炎を近づけるだけのことだった。それは魔術の儀式めいたところがあり、たとえばどことなく魔法をかけている場面を連想させた。

前者は「蛙の卵」、後者は「蝿の王」を見学するまでの一部です。もったいぶった「蛙の卵」の手続きと、巨大な分子模型のマヌケさ。やけにゴシックめいた「蝿の王」の手続きと、ろうそくの炎の芝居がかったハッタリ。「小男のグロチウス」が、まるで怪奇小説の登場人物のように思えてきます。
これらを皮肉をこめて描写せずにはいられないホガース教授に、改めて興味がわきます。


11章です。

この章は、またしても教授の科学や文明に対する思索が繰り広げられます。これをやってるから物語がなかなか進まないんだよなと思いはしますが、ここまで読んでくると、この思索に付き合うのが楽しくなってきます。いや、楽しいってのとはちょっと違うんですが、読書の醍醐味というか、じっくり考えたくなる部分なんですよ。
語られている内容は、楽しい話じゃありません。これまで何度も出てきたような、科学の限界、欺瞞、倫理の欠如といったことです。そして、まただ、「核」に教授の思いは及びます。
核開発がある段階でストップしたことについては、このように語られます。

それは、スーパーレーザーやハイパーレーザーを建造することはむつかしく、当面は技術的にそれを克服することが無理だとわかったからだ。今回は思い遣りのある自然がそのメカニズムの持つ本性によってわれわれをわれわれ自身から救ってくれたとはいうものの、それは幸運な偶然だったにすぎない。

こんなことを考え、〈計画〉における他の学者たちの仮説に与しない教授は、だんだん孤立していきます。まあ、ややこしそうな人だから、疎ましがられたのでしょう。


そして、いよいよ12章です。

公表された報告や著作には、私が〈計画〉にいかに大きな「建設的」貢献をしたかということにはほとんど、あるいはまったく触れられていなかった。それというのは、考えうる限りのありとあらゆる事態の悪化を回避するために、私が「計画反対派の陰謀」に加担したことを黙秘することになったからだ。(中略)だが事が大事にいたらなかった手柄は私のものではなかった。したがってここでは私の犯罪を紹介することにしよう。

ええーっ、です。そんな話、今まで全然してこなかったのに、「犯罪」って…。つまり、要注意人物だったってことじゃないですか。そのせいで業績を抹消されたってことなのかな。
ここで、もう一人、主要人物が登場します。いや、まだ先を読んでないんで主要人物って言っていいかわかりませんが、「蛙の卵」を研究しているプロセロとい学者です。教授の人物評を読んでみましょう。

これといって目につく特徴がないという点で、彼は風変わりな人物であった。平凡な人間の特徴をすべて備えていたのだ。(中略)だが、それと同時に第一級の知性を備えていたのだ。

教授の思う「風変わり」は、またしてもねじれています。こーゆー人間に風変わりって呼ばれたくないよ、と言いたくなりますが。
そしてプロセロが、教授にある恐ろしい発見について打ち明けます。それは…。
って、もうこれ以上は、これから読む人のためにも、あらすじの要約をしないほうがいいでしょう。


とりあえず、佳境に入ってきましたということで、今日はここ(P153)まで。