『天の声・枯草熱』スタニスワフ・レム 【4】

第3章、いよいよ事件のとっかかりが語られます。


まず、二人の天文学者が、「空の一角でニュートリノの最大値を記録」します。で、彼らは2年間観測を続けたけれども何の成果も上げられず、その結果、膨大な記録テープだけが残されます。
テープ! 僕は、ニュートリノを観測した記録ってのがどんなものかわかりませんが、たぶん数値化されテープに記録されているんでしょう。ちなみにこの本は、1968年に書かれています。
このテープを巡り、様々な人たちが登場します。この章では、テープが主役だと言ってもいい。
まず、最初にテープを手に入れたのが、うさんくさい物理学者スワンソン。で、そのあとがちょっと面白い。不規則なノイズが連なるそれをもとに、乱数表を作って出版することを思いつくんです。乱数表?

つまり、一連の数字が「偶然に」得られることはごくたまのことで、よく調べてみると、個々の数字の現れかたに多かれ少なかれ明らかに法則性があることがわかる。(中略)したがって、「完璧な無秩序」を故意に、しかも「純粋な形」で作ろうとしても、それはけっしてなまやさしい仕事ではないのだ。と同時に乱数表の需要は常にあった。だからスワンソンはそれで一稼ぎする気になったのだ。

ほー、なるほど。でたらめな数字の羅列を作るってのは、すごく難しいことなんですね。人間の力では簡単に作れないものが「完璧な無秩序」ってのは、いろいろと考えさせられます。そして、めったにないものは価値を生み出すんですね。スワンソン、なかなか目端の効く人物です。


このあと、出版された乱数表が様々な人の手に渡ります。ラーザローヴィツといううさんくさい異星人研究家は、これは宇宙からのメッセージだと言い始めます。「政府はUFOの存在を隠している!」とかなんとか騒ぎ立てる、今でもたまに見かけるタイプ。
一方、ラッパポート博士という科学界で名の知られた学者が、テープの記録にまったく同じくり返しがあることを突き止めます。つまり、これは計画的に送られてきた信号であると。皮肉なもので、イカレたUFOマニアと、高名な科学者が同じ結論に達するわけです。


ラーザローヴィツがメディアに登場するとともに、新聞にはこんな見出しが踊ったそうです。

翌日から実に幻想的な――正確に言うと、くだらないニュースが洪水のように新聞にあふれかえった。たとえば、宇宙から地球へ送られてきた多種多様の「二進法」やら「三進法」の沈黙だとか、「ニュートリノの服」を着たみどり色の小人の発光現象や着陸だとか、(後略)

これは、確かにひどい。「ニュートリノの服」って…。ここ、笑うところですね、きっと。
しかし、一方で、語り手であるホガース教授は、山師的なスワンソンや狂信的なラーザローヴィツに対して、ある種の共感を示してもいます。あれだけこれまでの章で、学者のことをこきおろしていた教授が、です。「スワンソンのようなタイプの人間の心理にはいつも共感を覚える」と言い、ラーザローヴィツについてはこう書いてます。

彼のことを想い出すのは、当然たんなる嘲笑的関心にすぎないとは思わない。どんなに偉大なことであろうと、状況しだいでそれにまったくふさわしくもなければ、同様に、ばかげた、あるいは卑俗な面があるものだ。とはいうものの、ばかばかしさとは結局のところ相対的な観念だ。ラーザローヴィツのことをそんなふうに書くということは、そのたびに己をも嘲笑していることになるのだ。

教授の絶望は、かなり深いと見ました。科学者のやっていることも、ある意味「ニュートリノの服」だということでしょう。そして、既にこれまでの章で、科学の敗北はほのめかされているのです。


この章に出てくる「ニュートリノによる宇宙からの手紙」が、「マスターズ・ヴォイス(神の声)」=「天の声」です。合衆国では、これを研究する委員会が作られました。
というところで、今日はここ(P57)まで。だんだん、読みやすくなってきたのでひと安心。