『マジック・フォー・ビギナーズ』ケリー・リンク【4】


ヘンテコ濃度が高い。ひとことで言えばそういうことになるんじゃないでしょうか。前作『スペシャリストの帽子』もなかなかのものでしたが、さらに濃くなっている。
例えば、「ザ・ホルトラク」の「ゾンビが訪れるコンビニ」という設定。これだけでヘンテコはもう十分足りてるんですよ。あとは、これを膨らませて一編の作品に仕上げればいい。でも、ケリー・リンクは、それで終わりにしないんですね。この設定にさらに「ヘンテコディテール」をどんどんオンしていきます。奇妙なパジャマ、謎の深淵、コンビニ強盗、犬の霊、トルコ語のレッスンなどなど。それぞれが独立した物語となりそうなアイディアを、惜しげもなくぼんぼんと放り込んでいく。
うーん、濃いなあ。何でしょう、濃い味の料理の上にさらにいろんな香辛料を振りかけている、という感じかな。香辛料がカレーに深い味わいをもたらすように、これらのいくつものヘンテコも、作品世界にぐっと奥行を与えます。大味なエンタメにはない、ひとことで言い表せない複雑な味わい。
例えば、登場人物たちは様々なヘンテコに対して、わりとナチュラルに受け止めます。ゾンビがコンビニに来ようが、そういうものだと淡々と接している。そのくせ、妙なパジャマの柄には反応したりして、ヘンテコの境界線がよくわかりません。デタラメなわけではないでしょう。おそらく僕らの世界とは違う線引きがされているんだと思います。こういう細かなディテールが、不思議ワールドを立体的に立ち上げるんですよ。
奇想だけじゃなく、凝った語りの仕掛けもポイントです。何を語るかだけじゃなくて、どう語るかが重要だというか。多くの話が「お話を語り聞かせる」というスタイルで書かれていることからもわかるように、この作品集の裏テーマは「物語ること」だと思います。例えば、「妖精のハンドバッグ」には、祖母から聞いた話を語り直す女の子が出てきますが、これはSFやホラーやファンタジーといったジャンル小説を独自に語り直すケリー・リンクの似姿になっているような気がします。
ヘンテコな奇想と仕掛けたっぷりの語り口。どちらも僕の大好物ですが、この手の小説はたいてい、「ああ、こーゆー話ね」という型に納まりません。結末もきれいなオチがつくというような、腑に落ちる作りにはなっていません。多くの場合、わかったようなわからないような宙吊りの状態で終わります。もしくは、「中途」で話を打ち切ったかのような終わり方。それが余韻になるんですよ。「石の動物」の最後のフレーズなんて、謎めいていますが妙にシビれるものがあります。
結局、僕はすべてわかってしまうような小説は飽きちゃうんですよ。わけがわかるものだけでできた世界は、すべてに手が届く部屋のようでどこか窮屈です。わけのわからない世界のほうが、広がりがあるんですよ。「ああ、この部屋の外にも世界があるんだなあ」という気がする。宙吊りの結末は、物語がまだ続いているということを意味しています。「今ここ」じゃないところにも世界はあって動いている…。おっと、「マジック・フォー・ビギナーズ」はそんなお話でしたね。
「じゃあ僕にお話をしてくれよ」。結局僕は、僕の知らない世界に触れてみたいんですよ。わからないものに戦き、笑い、困惑したいんですよ。「マジック・フォー・ビギナーズ」の子供たちがテレビ番組に魅せられたように、届かないけどどこかにはある世界、そんな未だ見ぬ物語に魅せられたいんですよ。
では、全9編からベスト4を。
1「ザ・ホルトラク
2「マジック・フォー・ビギナーズ」
3「妖精のハンドバッグ」
4「石の動物」
以下、5位は残りのどの作品でもしっくりくる。そのくらい、ハズレなしでした。


ということで、『マジック・フォー・ビギナーズ』についてはこれにて終了。
次は何を読むか、まだ考え中ですが、柴田元幸つながりでいこうかなと。