『天の声・枯草熱』スタニスワフ・レム 【2】

ということで、第1章に入りました。
つうか、「第1章」って言い方でいいのかな。この本の中では、素っ気なく「1」と書かれてるだけですが、まあ、便宜上「第1章」としておきます。

マスターズ・ヴォイス計画について書かれた文献は膨大な量にのぼり、それはマンハッタン計画のそれよりはるかに広範、かつ多様である。

いきなり、「マスターズ・ヴォイス計画」です。読んでいくと、どうやら「異常な事件」に関わる計画っぽいんですが、まだ、その全貌は明らかになりません。
というか、ホガース教授、一向にその事件の話をする気配がない。第1章になっても本題には入らず、何故この手記を書くことになったのか、ってな話が続きます。この計画について書かれた文献は山のようにある。でも、そのどれもが気に入らないと、徹底的にこきおろしていきます。

〈マスターズ・ヴォイス〉が生みだした印刷物の大海の中に、だれもが自分に見合ったものを見つけだすことができる。ただし、真実に興味をもちすぎなければの話だが。

運転免許がない者は公道で車を走らせることを禁じられてるというのに、礼儀を知らない――知識がないことはいまさらいうまでもない――連中の本をいくらでもなんの障害もなく本棚に並べることができるというのはさっぱり解せない。

どうやら、バカが書いた本が多すぎて真実が書かれた本がその中に埋もれてしまう、というようなことに腹を立てているようです。何たって、彼は天才数学者ですから。


でも、この人、あんまり数学者っぽくない気もします。数学者ってもっとクールでシンプルなイメージ、ありませんか? 序文で教授自身が書いていますが、ホガース、怒りっぽすぎ。この章まるまる怒ってばかりです。しかも、その怒り方が、イヤミったらしいというか皮肉っぽい。ややこしいレトリックをネチネチと駆使したり。
例えば、こんなことを言ったりします。

蟻は、彷徨った末に死んだ哲学者に出会うと、それから利益を引きだす。

意味ありげです。でも、やっぱり意味がよくわからない。蟻ってバカだよねーってことでしょうか?


教授は、このマスターズ・ヴォイス計画が失敗に終わった、と考えています。しかし、世に溢れる文献はそのことを認めようとしない。だから、計画に携わった自分が回想録としてその失敗の過程を書くんだ、と。
でも、その計画が何なのかは、今もってよくわかりません。「最初の接触(ファースト・コンタクト)」とか、「あの電子の『裂け目』」とか、チラチラと思わせぶりな単語は出てきますが、計画自体が何なのかは教えてくれない。
そして、この章のラストは、こんな感じで終わります。

われわれはまだその準備ができていないのに――しかしそれと同時に可能なかぎりの自信をもって、巨大な発見物の麓に立っていた。われわれはただちに四方八方から、素早く、むさぼるように、巧妙に、伝統的な熟練をみせて、蟻のようにそれにとりついたのだ。私もその一人だった。これは蟻の物語である。

え、また、蟻ですか?


ということで、今日はここ(P36)まで。事件、まだかな。