『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』山尾悠子【5】


ここじゃないどこかへ。現実世界のほうが遥かな夢に思えるほどに、耽溺してしまいました。とにかく圧倒的な幻視力。漏斗型の街、月の門、腸詰宇宙、支那高原都市、月の年齢に支配される土地…。言葉によって構築された見知らぬ世界を、存分に堪能しました。
そう、構築。澁澤龍彦の「幾何学的精神」という言葉通り、描かれる世界の背後には何かしらの幾何学的な構造がある。それが最も極端な形で表れているのが、「遠近法」に出てくる腸詰宇宙の構造でしょう。丁寧に設計された建築物のような、その構築美に酔わされてしまいます。
しかし、その建築物の中はがらんどうです。腸詰宇宙の中心が空洞だったように。ですから、作品の中に人生の真実やら意味を読み取ろうとすると、戸惑うことになります。「この作者は何を言いたいんだろう?」と考えても、そこには建築物が世界が起立しているのみ。がらんどうの世界を歩き回り、その世界の有り様を感じることしかできません。
で・も、と声を大にして言いたい。言葉で世界を生み出すことさえできれば、それ以上に何が必要だというのでしょう。作者の言いたいことなんてのはどうでもよろしい。言葉は世界を作るためにあるのだから。言葉の部品で伽藍を組み上げていく。それだけでもう、僕にとっては十分です。十分どころか、ずっとこの世界に浸っていたい。
世界は言葉でできている」、つまりはそういうことだと思います。世界は書かれることによって生まれる。しかし一方で、山尾悠子は作品の中でくり返しカタストロフを描いています。組み立てた世界をガラガラと壊してしまう。僕には、山尾作品は「失われた建造物の記録」のように思えます。失われてしまうことで、世界はついに言葉の中にしか存在しなくなるのです。
でも、言葉の世界も実は堅牢ではありません。本を閉じてしまえばはかなく消えてしまう。それでも山尾悠子は、ありもしないものをひたすら描写し現前化しようとする。その試みは、とても虚しくとても美しい。あの世界は本当にそこにあったのでしょうか? 読後に残るのは存在しない世界への切ない郷愁です。
では、ベスト5を。
1「遠近法」
2「透明族に関するエスキス」
3「夢の棲む街」
4「ムーンゲート」
5「眠りの美女」
というか、全部いい! 「遠近法」の1位はキープして、あとは他の作品と入れ替え可です。


ということで、『夢の遠近法――山尾悠子初期作品選』は、これでおしまい。現実世界に戻るとしましょう。